主としてソ連~ロシアにおいて、地対空ミサイルを艦対空ミサイルに転用した事例がいくつかある。逆に、米陸軍のMRC(Mid-Range Capability)では、SM-6艦対空ミサイルやトマホーク巡航ミサイルといった艦載ミサイルを陸上に転用する。このように、ミサイルの分野では陸海の行き来があるが、電測兵装の分野では事例が少ない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
艦載レーダーに独特の難しさ
実のところ、陸上設置のレーダーをそのまま艦載化するのは難しい。地震は別として、地べたは安定したプラットフォームだが、フネは揺れる。また、動揺だけでなく振動も発生する。そうした運用環境に合わせた設計のレーダーでなければ使えない。
フネが揺れれば当然、そこに搭載しているレーダーのアンテナも揺れる。測距に関する影響は少なそうだが、アンテナが常に水平を保っているわけではなく、左右あるいは上下方向に傾くわけだから、方位については影響が出るし、対空三次元レーダーなら測高にも影響が及ぶ。
よって、艦載レーダーでは動揺による影響を補正する仕組みが不可欠となる。昔ならアンテナを機械的に安定させる工夫をしたものだが、今ならシグナル処理に工夫をして、動揺に起因する補正データを加味して出力する方が実現しやすく、かつ信頼性が高いものができそうだ。
こんな事情があるため、艦載レーダーは専用のものを開発・製造することがほとんどとなる。ところが、条件が緩い側から厳しい側に転用するのは難しくても、逆なら話は違ってくる。レアケースではあるが、艦載レーダーの性能が買われて、それを陸上に転用した事例がいくつかある。
AN/SPS-48の陸上転用
まず、AN/SPS-48対空捜索三次元レーダーの陸上転用。このレーダーはもともと、米海軍のミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦、空母、強襲揚陸艦といった艦が搭載する、どちらかというとハイエンドの製品である。担当メーカーはITTだが、業界再編の結果、現在はL3ハリス・テクノロジーズの製品ラインに入っている。ITTがハリスと合併、次にハリスがL3コミュニケーションズと合併した結果だ。
そして、AN/SPS-48の陸上転用型・3基をエジプトに輸出する、との発表があったのが2022年1月のこと。実はAN/SPS-48という製品、この件より前には、台湾に輸出された米海軍の中古ミサイル駆逐艦4隻以外に対外輸出の事例がない、という箱入り娘である。
2023年7月20日付の米国防総省契約情報によると、このエジプト向けAN/SPS-48は再生補修・陸上転用型であるらしい。してみると、退役した米艦から降ろしたレーダーを手直しして輸出する可能性がありそうだ。
こういう話を書くだけなら話は簡単だが、AN/SPS-48のアンテナは意外なほど大きく、幅が5.33m、高さが5.2mもある。つまり2階建ての住宅ぐらいの高さがある。どこかで、トレーラーにAN/SPS-48のアンテナを載せた画を見たことがあるが、「何かの間違いではないか」と思うぐらいのサイズ感だった。
しかもそれはアンテナだけの話で、それとは別に、艦内に送信機、受信機、プロセッサ、電源などの機器を設置しなければならない。陸上設置に転用するとなると、そうした機材一式も引っ張り出して、コンテナかトレーラーに積み込んで持ち歩く必要がある。固定設置なら多少は楽になるが、機器収容のための建屋は不可欠だ。
その代わり、性能は折り紙付きであるから、「中古品の再生補修で比較的安価に、頼りになる対空捜索三次元レーダーを手に入れたい」というニーズには合致したのだろう。
SMART-L MM/F
もう一つの事例が、タレス・ネーデルランドのSMART-L MM/F(Multi Mission Fixed)。
もともと、Lバンドを使用する広域捜索用の対空二次元レーダーとして、SMART-L(Signal Multibeam Acquisition Radar for Targeting, Long-Range)という製品がある。これをアクティブ・フェーズド・アレイ化するとともに弾道弾追跡などの機能を追加したのがSMART-L MM。それを陸上転用したのがSMART-L MM/Fという関係になる。
最初にSMART-L MM/Fの採用を決めたのは、オランダ空軍。さしあたり2基の設置が決まっている。続いて最近になって、スウェーデンもSMART-L MM/Fの採用を決めた。
ベースになったSMART-Lの一族は、イギリス、フランス、イタリア、オランダ、ドイツ、デンマーク、韓国といった国の海軍で導入実績がある製品だ。そして、陸上設置用のレーダーを艦載化するのと比べれば、逆の方がマシそうではある。
陸上設置用に広域対空監視が可能なレーダーが欲しい、しかし開発リスクは抑えたい、ということで、SMART-L MMに白羽の矢が立ったものと思われる。オランダ空軍の場合、それに加えて「自国メーカーに仕事を回す」という政治的配慮もあろう。
元が艦載型だから、アンテナ以外の機器をどう設置するかという問題がついて回るのは、前述のAN/SPS-48と同じだ。しかし、SMART-L MM/Fはその名の通りに固定設置だから、みんなひとつの建物に収めてしまえばなんとかなる、という話であろうか。
もっとも、SMART-LのアンテナはAN/SPS-48のそれよりさらに大きくて、幅が8.2m、重量が6.2tもある。これを車載化して移動式に仕立てるのは、ちょっと勘弁してもらいたいところだろう。
ちなみに、オランダではすでにウィア(Wier)でSMART-L MM/Fの初号機が稼働を開始しているが、動作に際しての騒音が意外と大きく、規制値を超えてしまった。レーダーをドームで覆うとともに駆動系を手直しして、騒音を規制値内に収めることになったそうだ。残る1基は同国南部のニーウ・ミリゲン(Nieuw Milligen)に設置することになっている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。