昔の艦艇と今の艦艇を見比べたとの大きな違いは何か。もちろん「ステルス化」みたいな話もあるが、電測兵装の観点からすると、衛星通信アンテナが目立つようになった点が挙げられよう。

  • 米空母「ロナルド・レーガン」。アイランドの上部に、衛星通信アンテナ用のドームがいくつも並んでいる 撮影:井上孝司

衛星通信の特徴

もちろん、見通し線圏内の近距離通信用にVHFやUHFの通信機は必要であり、それがなくなるわけではない。また、遠距離通信用としてはHF通信機も健在だ。しかし、高速データ通信を見通し線圏外で行おうとすると、衛星に頼るしかない。

また、軍用の衛星通信システムだけでなく、民間の船舶と共通する衛星通信システムも必要になる。具体的にいうとインマルサットである。通信ではないが、通信衛星を使用する(こともある)デバイスとして、衛星テレビの受信機を載せる事例もある。乗組員の福利厚生や情報収集の手段として有用だろう。

衛星通信の種類いろいろ

衛星通信は、地上あるいは洋上の端末機と、頭上にいる通信衛星との間で通信を成立させなければならないので、電離層を突破できる周波数の電波を用いる必要がある。

以前にも書いたことがあるが、改めて、衛星通信で用いられる主なバンドを列挙しておく。

  • UHF(Ultra High Frequency)
  • Lバンド:1~2GHz
  • Cバンド:4~8GHz
  • Xバンド:8~12GHz
  • Kuバンド:12~18GHz
  • Kaバンド:27~40GHz

先に名前を出したインマルサットの場合、第四世代版がLバンド(アップリンク1.6GHz、ダウンリンク1.5GHz)、第五世代版がKaバンド(アップリンク30GHz、ダウンリンク20GHz)の電波を用いている。

軍用では、高速なデータ通信が欲しい場合はKuバンドやKaバンドが用いられることが多い。しかし、さまざまな状況下で安定して使えるという見地から、民間では使用していないXバンドも多用されている。

また、米海軍では現在もUHF衛星通信の運用を続けており、UFO(UHF Follow-On)からMUOS(Mobile User Objective System)に代替わりさせた。すると、アメリカの同盟国も相互運用性・相互接続性確保の観点から、米軍のUHF衛星通信に対応するアンテナと端末機を搭載する事例が出てくる。海上自衛隊も例外ではない。

頭上が開けていないと設置できない

なんにしても、衛星通信は「通信相手が頭上にいる」という特徴がある。すると、衛星通信用のアンテナを設置する際には、頭上が開けた場所を確保しなければならない。以前に「高いところの奪い合い」という話を書いたが、「頭上が開けた場所の奪い合い」という話もあるわけだ。

また、周波数が高く、比較的、細いビームをやりとりする点も、見通し線圏内で使用するVHF/UHF通信とは異なるところ。だから、指向性の強いアンテナが不可欠となる。しかも、それで衛星を狙い撃ちしなければならないので、固定式ではなく可動式のアンテナが必要になる。洋上を動き回る艦と衛星の位置関係は、常に一定ではないからだ。

そして、そのアンテナを保護するためにレドームに収めることが多い。結果として、上向きのアンテナをカバーするレドームがいくつも並び、しかもそれが他の電測兵装と干渉しないように配置しなければならない。設計に際しては頭の痛そうなところではないだろうか。

そこで、実艦における搭載事例をいろいろ観察してみると、上部構造の上に衛星通信アンテナのドームを載せる事例が目につく。マストの上は、レーダーのように高さが欲しい電測兵装が優先的に割り当てられてしまうから、それより下、上部構造の屋根上に置くわけだ。

  • こちら、アーレイ・バーク級駆逐艦。やはり、艦橋周囲に「これでもか」という感じで衛星通信用のアンテナ・ドームが並んでいる 撮影:井上孝司

どのみち上方に向けて電波を飛ばすので、高さを追求する必然性は薄い。一方で、マストや煙突などの構造物でアンテナの視界が妨げられる事態を避けなければならない。そこで場合によっては、アンテナを一つだけで済ませる代わりに、複数のアンテナを前後に、あるいは左右に設置して、常にどれかひとつは視界を確保できるようにしている。

  • せっかく、ステルス性を追求してノッペラボーの上部構造物を造ったにもかかわらず、衛星通信アンテナを後付けした米駆逐艦「ズムウォルト」。片舷だけだと死角ができるので、両舷に設けたようだ 撮影:井上孝司

空母は飛行甲板の縁を活用する

そういう意味で難しいのが、空母。空母の本分は搭載機の運用だから、それを効率的にこなすには、飛行甲板はできるだけ広くとりたい。すると、飛行甲板の上に陣取る上部構造のスペースは、できるだけ少なくしたい。

ことに、原子力推進で煙突がない米海軍の空母は大変だ。搭載機の運用という観点からすれば理想的だが、電測兵装設置の適地を定める観点からすると、アイランド(島型艦橋)が小さくなる分だけ場所が減る。

そこで米空母を観察してみると、アイランドだけではすべての電測兵装を搭載できず、飛行甲板の周縁部に振り分ける場面も見られる。特に、他と比べると高さに関する要求が低い衛星通信アンテナ、あるいは側方に向けて電波を放つ電子戦装置に、そうした傾向が強いようだ。

逆説的な話だが、飛行甲板の周縁部にアンテナを設置すれば、頭上に向けて開けた設置場所を確保することにもなる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。