米海軍では、駆逐艦やフリゲートの艦名として軍人の名前をつけるのが通例になっている。すると大抵の場合、戦場で戦功をたてた軍人の名前がつくことになる。“戦う組織” としては当然の成り行きだが、アーレイ・バーク級駆逐艦の艦名を見ると、例外が発生していることが分かる。コンピュータの話が絡むだけに……。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
COBOLのおばちゃま
まずは、「ホッパー」(DDG-70)。ファミリーネームだけが艦名になっているから分かりにくいが、これはグレース・ブリュースター・マレー・ホッパー(Grace Brewster Murray Hopper、1906/12/9~1992/1/1。最終階級は准将)にちなんだ命名。
同氏は第二次世界大戦中に海軍に入隊したが、1944年からはハーバード大学において、「ハーバード マークI」「同マークII」「同マークIII」といったコンピュータのプログラム開発に携わっていた。
その過程のエピソードとして有名なのが、「コンピュータのリレーに蛾が挟まっていたために動作不良を起こした」エピソードから、「バグ」という言葉ができたこと。バグ(bug)とはもともと、小さな昆虫を指す言葉だが、それがコンピュータに悪さをしたことが、コンピュータ(のソフトウェア)における不具合を「バグ」と呼ぶ発端になった。
もっとも、コンピュータ時代より前から電気関連分野には「バグ」という言葉はあったようだ。実際、レーダーの不具合を指して「バグ」と呼んでいたとの話がある。なにしろ真空管時代の話だから、さぞかしいろいろな不具合があったことだろう。
ただ、ホッパー准将を有名にした話といえば、「バグ」もさることながら、やはりCOBOL言語を生み出したことの方が大きいだろう。1955年に開発されたプログラム言語「FLOW-MATIC」から発展させたもので、いってみれば高級言語の草分けである。このことが理由で、日本の一部界隈ではホッパー准将が「COBOLのおばちゃま」と呼ばれることがある。
ちなみに、ハーバード・マークIは米海軍向けの機材。この手の機材は当時、砲弾や爆弾の照準を定めるために必要となる基本データ、「射表」の作成に用いられていたそうだ。そういう意味でも、ホッパー准将が成し遂げた仕事を「艦載コンピュータ」というテーマに合わせて取り上げる意味はあるわけだ。
マイヤー提督とシステム工学
もう1隻、取り上げておきたいのが、「ウェイン E.マイヤー」(DDG-108)。こちらは本連載でもはるか昔、第12回で取り上げたことがある。艦名をいただいたウェイン E.マイヤー(Wayne E. Meyer、1926/4/1~2009/9/1。最終階級は大将)は、イージス戦闘システムの開発を指揮した人物として名高い。
なにもイージス戦闘システムに限ったことではないが、システム構築を指揮するプログラム・マネージャには、「技術者」としての視点だけでなく、「使う側」の視点も求められる。単にスペックが立派なもの、最新の技術をドンドコ盛り込んだものが素晴らしいわけではなく、「使う側」の問題解決に資するものでなければならない。
マイヤー大将はイージス戦闘システムのプログラム・マネージャに就任する前に、実際に水上戦闘艦に乗り組んで武器システムを扱った経験があった。一方で、航空宇宙工学の学位も持っていた。
こうした経験から、将来の軍艦は戦闘システムを構成する諸要素がバラバラに載ってバラバラに機能するのではなく、連携・連接する「システム」になるとの洞察を得たのだろう。
そして用兵側の視点を持ち合わせているからこそ、「こういう戦闘場面では、こういう機能を発揮できるシステムが求められる」という明確なコンセプトを描くことができる。さらに、技術者としての視点は、「それをどのようにして実現するか」という話に具体性をもたらす。
また、米軍のプログラム・マネージャはどんな案件でもそうだが、自分が関わっているプログラムについて支持者を増やし、予算を取ってくる資質が求められる。
アメリカの制度では、国防予算の配分を最終決定するのは議会だから、プログラム・マネージャが議会に呼ばれて、議員から質問攻めに遭う。そこでちゃんと議員を納得させないと、予算をつけてもらえない。
だからマイヤー大将は、軍の幹部や議員をイージス戦闘システムの試験現場に招待して現物を見せるなどして、アピールを怠らなかった。第328回で紹介した、ニュージャージー州ムーアズタウンにあるイージス戦闘システムの試験施設・CSEDS(Combat Systems Engineering Development Site)が、その舞台の一つであったのはいうまでもない。
優秀な開発者や高性能のハードウェアはもちろん大事だが、それらを適切に組み合わせて適切に動かして、最終的な成果物につなげていかなければ結果は出ない。そこで、マイヤー大将が卓越した仕事をしたのは間違いない。だからこそ、イージス艦の艦名に列せられることになったわけだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。