「仮想化」といえば、古くは「Virtual PC」あたりを筆頭として、さまざまな分野で使われている技術。異なるアーキテクチャのコンピュータを用意する手間を省けるとか、1台のコンピュータで複数台分の仕事をさせられるとか、いろいろと利点はある。ただし、コンピュータの処理能力とストレージとRAMは、やたらと食うが。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

イージス戦闘システムの仮想マシン化

民生分野では、さまざまな分野で仮想化技術が当たり前のように使われている。では、軍用コンピュータはどうか。こちらにも事例がある。それが、第498回でチラリと触れた、VAWS(Virtual Aegis Weapon System)。その名の通り、イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)の機能を仮想マシンの上に載せてしまったものだ。

第498回でVAWSに言及したのは、実証試験「ヴァリアント・シールド2022」における利用だった。繰り返しになってしまうが、「マルチドメインの状況認識と意思決定支援をロッキード・マーティンのDIAMONDShieldで実現、それに基づいて交戦する段階でVAWSを利用した」との内容である。

以下の図はそれより2年前、2020年の「ヴァリウント・シールド」におけるシナリオ・イメージを示したもの。

ここでVAWSが関わったパートは2つある。1つは、左下にある「Precision Fires」の部分で、多連装ロケット・M142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)の射撃指揮に関わったことが分かる。

もう1つは右上にある「Advanced IAMD」の部分で、F-35が飛来するミサイルの捕捉を受け持ち、そのデータをVAWSに送り込んで意思決定、それに基づいてPAC-3 MSE(Missile Segment Enhancement)で交戦した。

  • 2020年に行われた演習「ヴァリアント・シールド」のシナリオ・イメージ 引用:ロッキード・マーティンのVAWSファクトシート

これ以外にもVAWSを利用した事例はあり、例えば2021年にオーストラリアで実施した演習「タリスマン・セイバー」でも、F-35と組み合わせてVAWSが用いられた。

内陸部でもイージス武器システムの機能が活用可能に

普通、イージス武器システムが持つ対空戦闘の機能を活用しようとすれば、物理的なイージス艦を持って来なければならない。イージス武器システムを載せた艦がイージス艦だから、そうなる。

ところが、洋上あるいは海岸に近いところならともかく、例えば内陸部で演習や実験をするのに「イージス武器システムの機能を使いたい」となったらどうするか。

実際にSM-2ミサイルを使って交戦するのであれば、物理的なイージス艦を持ってくるしかない。しかし、イージス武器システムの “頭脳” の部分だけあれば用が足りるということなら、話は変わる。イージス武器システムで使用しているコンピュータの仮想マシンを用意して、そこで所要のソフトウェアを走らせればいい。それがVAWS。

ロッキード・マーティンでは “full or scaled Aegis capability in form factors as small as a single box” といっている。つまり、イージスのフル機能あるいは一部の機能を、一つの箱に入れて持って歩けますというわけだ。

ただし、そのVAWSを走らせるコンピュータと他のシステムの間を取り持つインタフェースをどうするか、という課題はあるかもしれない。極端な話、仮想マシンを走らせるためのエンジンを用意できるのなら、市販のパソコンでVAWSを走らせてもよい理屈となる。

しかし、市販のパソコンが持つ外部インタフェースは、イーサネットと無線LANとUSBぐらいのもの。それでは他の武器システムとの連接に支障をきたすかもしれない。

仮想化すると、何が可能になるか

先に挙げた演習や実験の事例みたいに、イージス武器システムの “頭脳” を利用するのが基本的なVAWSの利用法だが、単なる思いつきのレベルなら、いろいろな応用が考えられよう。

以下で書く話は、ロッキード・マーティンが公式に「こういうことができます」といっている話ではない、と念を押しておく。あくまで筆者の思いつきである。

仮想化はソフトウェアを主体として実現する分だけ、なにがしかのオーバーヘッドはある。しかし、コンピュータの処理能力はどんどん上がっている。大昔のAN/UYK-7やAN/UYK-43やAN/UYK-44ぐらいの性能は、いまどきのコンピュータなら余裕を持って仮想マシン上で発揮できるのではないか。

性能や信頼性の面で問題ないことを確認できればだが、実運用版のシステムを仮想マシンの上で走らせる手も考えられよう。すると、古いコンピュータで動作しているシステムを仮想化して最新のコンピュータ上で走らせることで、古いコンピュータを維持管理する負担から解放されるのではないだろうか?

そして、同じ仮想マシンを走らせる仕掛けさえ用意できるのなら、物理ハードウェアは特定のアーキテクチャやオペレーティング・システムに縛られなくなる利点も考えられる。もともと、今のイージス武器システムはハードウェアとソフトウェアを分離する設計になっているが、仮想化を活用すれば、話はさらにシンプルになるかもしれない。

このほか、仮想マシンを構成するファイルを他のコンピュータにコピーあるいは移動したり、バージョンアップした新システムを仮想マシンの状態で配布したり、といったことも容易に実現できよう。

米海軍が仮想化に着目したのは、試験やバージョンアップの容易さに着目したためのようだ。今後の動向は注目を要する。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。