今回も前回に引き続き、2023年6月21日に海上自衛隊の横須賀基地に来航した、イタリア海軍の最新鋭、フランチェスコ・モロスィーニ(Francesco Morosini。艦番号P431)の話を取り上げる。
今回のお題は艦橋だ。すでにあちこちで話題になっているように、もうほとんど「宇宙戦艦ヤマト」の世界である。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
統合艦橋システム
艦艇の操艦における特徴は、複数名での役割分担にある。つまり、「周囲にいる行合船の状況を知るための見張りやレーダー」「現在位置の記入や、針路・速力の決定」「舵の操作」「速力の指示」といった機能ごとに担当者を配置した上で、全体を指揮する航海指揮官を置く。だから、航行中の艦艇の艦橋には、けっこうな人数が詰めている。
それと比べると、商船の方が合理化・省人化が進んでいる。それを支えているのが、統合船橋システム(IBS : Integrated Bridge System)、あるいはそこから国際標準化仕様に発展させた統合航法システム(INS : Integrated Navigation System)である。IBSやINSの詳しい話については、以前に記事にしたことがあるので、そちらを御覧いただきたい。
IBS/INSでは、電子海図、レーダー、船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)、オートパイロットといった機能をバラバラに配置しないで統合することで、航行計画と航路監視、衝突予防といった機能をまとめている。さらに、機関の制御や操舵の機能も集約する。以前なら複数名で分担していた機能を統合したから、人手の所要が減るわけだ。
そして近年、艦艇でも省人化の動きが進んできている。我が国では、海上自衛隊の最新鋭護衛艦、FFMこと「もがみ」型がIBSを導入しており、艦橋勤務員はわずか4名。内訳は、航海指揮官、操舵・操縦員、レーダー員、見張員だ。
パイロットとコパイロット
そこで、本題の、PPA(Pattugliatore Polivalente d'Altura、多用途外洋哨戒艦の意)「フランチェスコ・モロスィーニ」である。この艦における特徴のひとつが、前方が楔形になった平面型を持つ艦橋だが、その先端に2名分の席がある。「パイロット」と「コパイロット」の席である。
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「フランチェスコ・モロスィーニ」の艦橋。いちばん奥にあるのが「パイロット」と「コパイロット」の席で、その手前に航海指揮官席がある。右手にあるのは予備(?)の操舵コンソールで、ここでも舵や機関の操作ができる 撮影:井上孝司
ところで。上の写真で、中央の窓4枚とその左右の窓とで外の景色の見え方が異なる様子がお分かりいただけるだろうか。実は、中央の窓4枚だけ、ボーイング787の側窓と同じ電子シェードが組み込まれているのだと聞いた。
左席に座る「パイロット」は艦の操縦、つまり機関や舵の操作と航法を担当する。右席に座る「コパイロット」はレーダーなどのセンサーと、一部の武器(自衛システム)、戦術指揮を担当する。そして、後方に陣取った航海指揮官が状況を見ながら必要な指示を出す。艦長が艦橋に詰めるときにも、この席を使う。
なお、航海指揮官席の正面と左右斜め前方には、必要なときに下からディスプレイがせり上がってくる仕組みになっている。固定式にすると視界を妨げる場面もあり得るからという理由で、昇降式にしたのだろうか。
最前部に「航海」と「武器」の担当がいて、その後方に「指揮官」が陣取る様は、まさに「宇宙戦艦ヤマト」の世界だ。ただし頭上の大型スクリーンはないし、ターゲットスコープが出てくるわけでもないけれど。
なお、戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)に置かれているものと同じ多機能コンソール(MFC : Multi Function Console)が艦橋にも2台置かれているほか、左右舷に設置されている遠隔操作式機関砲を操作するためのコンソールが、艦橋の両舷に置かれている。
例えば、艦橋に設置したMFCにログインして画面に戦術状況を表示させながら、とるべき行動を航海指揮官にリコメンドする、なんていうのはありそうな話だ。
コンソールの詳細
「パイロット」と「コパイロット」が使用するコンソールの構成は左右対称になっているので、いざとなったら右席と左席の役割を入れ替え ることもできそうだ。
前面のディスプレイには海図の情報を表示していたが、一人で艦を操ることを考えると、レーダーなどの情報も表示できると思われる。その大型ディスプレイの左右に小型ディスプレイがあり、その下には「SEMAFORO PONTE VOLO」と書かれた押しボタン群がある。SEMAFOROとは信号のことだから、周囲に意思表示のための信号を出す仕掛けと思われる。その両脇は、航法関連の機能がまとめられている。
面白いのは、正面に配されたハンドル(操舵輪というべきか)。クルマのステアリングホイールと同様に位置調整ができるほか、操作用のボタン類、データ表示用の小型ディスプレイ、ワイパーを動かすためのパドルまで組み込まれている。まるでF1マシンのステアリングホイールみたいだ。多用する操作を、手を離さずに済ませるという意味では、戦闘機のHOTAS(Hands on Throttle and Stick)と似た思想か。
ともあれ、この席に座っていれば、自艦の位置・針路・速力や周囲の状況を把握しつつ、艦を操れるわけだ。
なお、左席と右席の間には、機関やスラスタの状況などを表示するディスプレイがあり、その手前のコンソールにはオートパイロット、スラスタ、スタビライザー、通信などの操作系がまとめられている。また、後ろ寄りには自衛システム関連の操作系が置かれている。たとえば、LRAD(Long Range Acoustic Device)の操作はここで行う。
チャレンジ精神は買いたい
別に「宇宙戦艦ヤマト」みたいにしたかったわけではなくて、少ない配員で艦を動かせるようにしようと考えた結果、こういう形になったのだろう。そして、操艦担当者に良好な視界を提供しようとすれば、必然的に、艦橋は前方に突出させた楔形になる。
我が国の「もがみ」型もそうだが、それまで慣れ親しんできたやり方と異なる、新しい手法や考え方を導入しようとすれば、反対する向きが出て来ても不思議はない。とはいえ、新しいチャレンジもやっていかないと進歩がない。
なにも、我が国でもPPAの真似をすべきだというつもりはないが、「なるほど、こういう考え方や、やり方もあるのか」と視野を広げる。そういう観点から、PPAの戦闘システムや艦橋、あるいはその他の設計を眺めてみるのは面白いと思うのだが。
なお、艦橋でもCICでも、機器類はたいていイタリア語表示になっていた。同じ製品を他国に輸出するときには、英語表示に変えるんだろうか? イタリア語表示のおかげで、意味を読み取るのにいちいち辞書を調べる羽目になってしまった。
たとえば、艦橋後方にある操舵コンソールの速力通信機盤を見たら、右舷側は「TELEGRAFO LINEA ASSE DRITTA」、左舷側は「TELEGRAFO LINEA ASSE SINISTRA」と書いてある。「TELEGRAFO」は英語でいうテレグラフで、右舷が「DRITTA」、左舷が「SINISTRA」。そして両舷にそれぞれ、前進全速(AVANTI TUTTA)~停止(FERMA)~後進全速(ADDIETRO TUTTA)とボタンが並んでいる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。