先日、アメリカ、マサチューセッツ州アンドーバーにある、レイセオン・テクノロジーズのレイセオン・ミサイルズ&ディフェンス部門を訪れてきた。2日間にわたって濃密な日程を組んでいただいたが、今回はその中からAN/SPY-6(V)レーダーの製造に関する話を。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • レイセオン・ミサイルズ&ディフェンスの社屋。隣接して工場棟がある 撮影:井上孝司

AN/SPY-6(V)ファミリーのおさらい

本連載をずっと御覧いただいている方なら説明の必要はないかもしれないが、念のために、AN/SPY-6(V)ファミリーについて、簡単なおさらいを。

このレーダーはSバンドのアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー、AESA(Active Electronically Scanned Array)レーダーともいう。特徴はスケーラビリティにあり、RMA(Radar Module Assembly)と呼ばれる構成単位を組み合わせることで、コンパクトなレーダーも、大規模なレーダーも作れる。

RMAのサイズは、縦・横・高さがそれぞれ2フィート(約610mm)。ひとつのRMAに、24個のTRIMM(Transmit/Receive Integrated Multichannel Module)と呼ばれるパーツが組み込まれる。1つのTRIMMは6個の送受信モジュールを持つので、RMAごとに24×6=144個の送受信モジュールを持つ計算になる。送受信モジュールの中核となるパワー半導体は窒化ガリウム(GaN)製で、周波数帯は8~12.5GHz。余談だが、GaNは「ガン」と読む。

  • AN/SPY-6(V)ファミリーはTRIMMを束ねたRMAがひとつの単位となっている(右側)。パッシブ・フェーズド・アレイ・レーダーのAN/SPY-1シリーズで使用している、複雑な導波管(左側)は必要としない 引用:US Navy

AN/SPY-6(V)ファミリー4種類の派生型

そして現在、4種類の派生型がある。形態はさまざまだが、RMA、レーダー制御用の機器、電源、冷却装置、ソフトウェアは共通だ。

  • AN/SPY-6(V)1:いわゆるAMDR(Air and Missile Defense Radar)。RMAは37個。アーレイ・バーク級フライトIIIに載せる。
  • AN/SPY-6(V)2:いわゆるEASR(Enterprise Air Surveillance Radar)。9個のRMAを組み込んだボックスを回転させる。ニミッツ級空母や揚陸艦に載せる。
  • AN/SPY-6(V)3:これもEASRだが、9個のRMAを並べたアレイを3面、固定設置する。フォード級空母の2番艦以降とコンステレーション級フリゲートに載せる。
  • AN/SPY-6(V)4:24個のRMAで構成。アーレイ・バーク級フライトIIAにおいて、既存のAN/SPY-1(V)レーダーに代えて載せる。設置スペースや電源供給能力の関係で、RMAの数が(V)1より少ない。

もしもRMAに組み込まれているTRIMMが故障して交換することになったら、レンチとネジ回しが1つずつあれば作業できる。いわゆる二段階整備方式で、外したTRIMMは運用現場ではいじらずに送り返す。

  • 試験用として、ハワイの太平洋ミサイル試験場に1面だけ設置したAMDR 写真:NAVSEA

なお、レイセオン・ミサイルズ&ディフェンスは5月25日、AN/SPY-6(V)ファミリーで使用する新しいハードウェアの開発契約を受注したことを明らかにした。発注元は米海軍の研究部門ONR(Office of Naval Research)で、シグナル処理能力の改良などを実施するという。

半導体からレーダー本体まで一貫生産

AN/SPY-6(V)ファミリーの核となるのが、送受信モジュールで使用するGaN製のパワー半導体だが、出来合いの品物を買ってくるわけではなくて、アンドーバーの事業所でウェハから製造している。驚くべきことに、そのウェハを製造・加工する現場まで(通路と窓越しに、だが)見せていただいた。

レイセオン・ミサイルズ&ディフェンスはAN/SPY-6(V)以外に、弾道ミサイル追跡用のXバンド・レーダーAN/TPY-2 (日本でも、青森県の車力と京都府の経ヶ岬に配備されている)や、地対空ミサイル用の新型Cバンド・レーダーLTAMDS(Lower Tier Air and Missile Defense Sensor)を手掛けている。

この3種のレーダーは、それぞれ周波数帯が異なるから、パワー半導体は周波数帯の違いに合わせた最適設計が必要になる。自前で設計・製造していれば、最適設計も実現しやすい。それだけでなく、供給の安定化につながる。

もう1つのキモは、そのGaNパワー半導体モジュールだけでなく、各種の回路基板、レーダー自体の組み立てで必要となるフレームなどの各種金属加工部品など、必要とされるものを同じ工場で一貫生産していること。1つのレーダーは多数の回路基板で構成するから、製造中の回路基板アセンブリは約2,000種類ぐらいあるという。

具体的な施設配置についての言及は差し控えるが、小さなパーツが順次集まり、最終的に完成品のレーダーになる工程が一つところに整然と並んでいる、とだけ書いておこう。

完成品のレーダーを組み立ててテストする現場には、まだTRIMMを組み込んでいない状態のRMAがあり、冷却のための配管が設けられている様子も見て取れた。また、完成したレーダーの表面を見ると、個々の送受信モジュールの存在が分かるのは意外な発見だった。

  • ニュージャージー州ムーアズタウンの試験施設CSEDS(Combat Systems Engineering Development Site)で、AMDRを設置している模様 写真:NAVSEA

現場で初めて分かったこと

現場を訪れた際には、先に挙げた4バージョンのうち、AN/SPY-6(V)4以外の3種類があった。

そこで初めて知ったのは、回転式のAN/SPY-6(V)2を取り付けて回転させる箱の中身。てっきり、冷却用の機器類を同じ箱の中にまとめているのかと思って尋ねてみたら違った。点検・部品交換のためにアレイの背面に人が入る必要があり、そのためのスペースを確保してあるのだそうだ。

  • 左下に描かれているのがAN/SPY-6(V)2 EASR。9個RMAのアレイが回転する箱に組み込まれている様子が分かる 引用:NAVSEA

もちろん回転していたら出入りができないから、まず回転を止めてから、ハッチを開けて潜り込む。そこで下からのぞかせてもらったら、確かに四角いハッチがあった。ちなみに固定設置型のモデルなら、艦を設計する段階で、背面に人が入るスペースを確保してある。

いつもいっていることだが、何事でも、現場現物を見て初めて分かることはあるものだ。それを再確認したアンドーバー訪問だった。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。