現時点で主流となるには至っていないが、軍用衛星の分野にも「小型衛星の多数配備」を追求する動きが出ている。高性能だが大形で高価な衛星ではなく、いわば「安い、早い、うまい」を目指す考え方だ(牛丼屋か?)。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
大型・高性能・高機能の衛星の課題とは
人工衛星といっても「ピンキリ」だが、軍事用途の衛星についていえば、大形・高機能・高性能を求める傾向が強い。しかし、当然の話として、大形・高機能・高性能の衛星は高価になる。ところが、それだけの話では済まない。
大形で重い衛星を軌道に投入しようとすれば、打ち上げロケット(SLV : Space Launch Vehicle)は大型の衛星を収容できるだけのサイズを備えたペイロード区画と、重い衛星に十分な速度をつけるための大きな推力を持たなければならない。
すると、衛星だけでなく、それを打ち上げる際に使用するSLVもまた、大型で高価なモノになってしまう。そして、大型で高価で高性能のロケットは開発にも費用がかかるし、射点の設備も大がかりになる。
結果として、大型・高性能・高機能の衛星を打ち上げようとすると、衛星だけでなくその周辺も含めてコストが上がる。グロース・ファクターの典型例といえよう。しかも、衛星やロケットの製作には時間がかかるから、急に需要が発生しても対応しがたい。
なぜ小型化という発想が出てきたか
裏を返せば、衛星を小型化することで、多くの項目が逆になる。小型でシンプルな衛星は安価に製作できるし、それなら短期間だけ使えれば良い、と割り切ることもできる。衛星が小型軽量になれば、SLVも小型化できるから、衛星とSLVの双方が安価になると期待できる。
あるいは、大型のSLVに多数の小型衛星を相乗りさせる方法でも、打ち上げコストの低減を期待できる。
ただし、この考え方が通用するのは軌道高度が低いLEO(Low Earth Orbit)に限られるかもしれない。赤道上・高度36,000kmの静止軌道(GEO : Geosynchronous Earth Orbit)になると、地表が遠くなるから相応の性能が必要になる。
例えば通信衛星なら、高い送信出力と受信感度の良さが求められる。同じ通信衛星でも、軌道高度が低いLEOなら相対的に低出力で用が足りるし、それは端末機の小型軽量化やバッテリ寿命延伸にもつながる。
小型衛星に関する取り組みと課題
では、軍事分野における小型衛星にはどんなものがあるか。
一例を挙げると、2021年7月29日にニュージーランドで、ロケット・ラボ社のエレクトロン・ロケットを使って、米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory)の実験用小型衛星打ち上げが行われた。計画名称はモノリス(Monolith)といい、気象センサーを搭載している。衛星のサイズは、6U(10cm×20cm×30cm)と12U(20cm×20cm×30cm)の2種類。どちらにしても人が手に持って運べる程度のサイズであり、大きい方の12Uでも宅急便の80サイズに収まってしまう。
ここまで小型ではないが、アメリカの宇宙開発庁(SDA : Space Development Agency)が構想を進めている、極超音速飛翔体追跡用の衛星群(SDAトラッキング・レイヤー)でも、弾道ミサイル早期警戒衛星みたいに大型で高性能の衛星を静止軌道に載せるのではなく、数百基の小型衛星群を低い軌道に配置しようとしている。
ただ、個々の衛星が単独で仕事をするだけならともかく、衛星が捕捉したデータを地上に送る場面になると、通信手段が問題になる。軌道高度が低いと、そこから地上に向けて電波を送信しても、カバーできる範囲が限られるからだ。しかも、衛星は常に地球の周囲を周回しているから、うまい具合に地上局の上にいる時間は限られる。
すると、小型衛星群を展開するのに併せて、衛星群と地上局を結ぶデータ中継手段も用意しなければ、という話になる。前述のSDAトラッキング・レイヤーでも、データ中継を担当するSDAトランスポート・レイヤー衛星群を平行して整備する話になっている。
こういう話になってくると、衛星間で高速のデータ通信を行う機能が不可欠になる。そこで着目されているのがレーザー通信。大気中で使用すると減衰の問題が大きくなるが、宇宙空間なら問題なく使える。
例えば、アメリカのエアロスペース社(Aerospace Corp.)は2018年に、LEOを周回する小型衛星同士でレーザー通信を行う、OCSD(Optical Communications and Sensor Demonstration)の実証試験を実施した。衛星は2基(AeroCube-7BとAerocube-7C)を使い、100Mbpsの伝送速度を達成したという。これ以外にも、衛星間レーザー通信の開発事例はいくつかある。ただし、レーザー・ビームは細いから、相手の衛星を精確に狙わないと通信できないのが難しい。
小型SARの開発事例
衛星を小型化したからといって、許容できないぐらいに能力が低下したのでは意味がなくなる。「安い、早い、うまい」ではなく「安い、早い、まずい」になってしまう。大形で高性能の衛星と同水準、とまでは行かないとしても、ある程度の性能水準は満たさなければ使えない。
その課題を解決する取り組みの一例として、フィンランドのICEYEは、25cmの解像度を持つ小型衛星向けの合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)を2020年3月に発表した。小型衛星向けだが、より大型の商用衛星が搭載するSARと同等の映像を得られるというのが同社の説明。
ICEYEは2018年1月にICEYE-X1という衛星を打ち上げているが、これは重量100kg(220lb)を切る小型衛星で、解像度10m×10m級のSARを搭載したという。さすがにこれでは粗すぎるが、発表通りに25cmまで解像度が向上すれば、有用性はだいぶ上がりそうだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。