高性能・高機能で高価な少数のプラットフォームに機能を集中する代わりに、ネットワーク化した多数のプラットフォームに機能を分散して冗長性を高めるとともに、探知・打撃能力を分散化しつつ連携させる。そういう話になると、センサーに求められる要件も違ってくるかもしれない。連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
小型で安価、でも性能は譲るな
「高性能・高機能で高価な少数のプラットフォームに機能を集中する」なら話は簡単で、カネに糸目を付けずに、高性能・高機能なセンサーを開発することになる。といっても、それを実際にやるのは簡単な仕事ではないのだが。
ところが、「ネットワーク化した多数のプラットフォームに機能を分散」となると数を揃えることが前提になるから、コストへの配慮が従来以上に求められる。
それに、SWaP-C(Size, Weight, Power and Cooling。サイズ、重量、消費電力、冷却)への配慮も求められる。センサーが電気食いだったり発、熱が多かったりすると、発電機や冷却系統を大型化する必要が生じて、結果的にプラットフォームにも累が及ぶ。グロース・ファクターである。
また、MUM-T(Manned and Unmanned Teaming)、あるいはいわゆる「忠実な僚機」と呼ばれる無人戦闘用機とかいった話になると、「墜とされても諦めがつく」ことも重要な性能となる。するとこれまた、コストを抑える配慮が求められるとの話につながる。
しかも、無人戦闘用機は自らターゲットを捕捉して自律的に交戦する場面が出てくるだろうから、「センサーは外部に頼り切り」とは行かない。自前のセンサーは不可欠だ。
安価な射撃管制レーダーの製品事例
実はすでに、比較的安価な戦闘機搭載用射撃管制レーダーの製品事例は、いろいろある。
例えば、イスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries Ltd.)傘下・エルタ・システムズ製のEL/M-2032。ごくごくありふれた機械走査式のレーダーだが、比較的コンパクトで安価、かつ対空・対地・対艦のいずれにも対応できる多様な動作モードを備えている。
そして、KAI(Korea Aerospace Industries)のFA-50で採用されたのに加えて、既存機の能力向上を図るための後付け用としても人気を博している。インド海軍のシーハリアーFRS.51、ブラジル海軍のAF-1(A-4KU)、チリ空軍やタイ空軍のF-5、ルーマニアのMiG-21ランサーといった具合だが、機種が変われば利用可能なスペースも変わる。それに対応するだけでなく、ソフトウェア制御による柔軟な能力向上も人気の秘訣であろうか。
このように多様な機体に適応できる理由として、「自前の機体がないので、さまざまな機体に対応できるようなレーダーを作らざるを得ない」との事情があるという。そうなれば輸出で商売するしかないし、受注を獲得するには多様な機体に対応できる設計のものを用意する必要がある。最初から心構えが「輸出志向」なのだ。
また、F-20タイガーシャーク用に開発されたAN/APG-67とその派生型も、それなりに出回っている。レオナルドのグリフォ・シリーズも、販売実績は好調。グリフォF(シンガポール空軍のF-5)、グリフォ7/7PG(パキスタン空軍のF-7)、グリフォM(パキスタン空軍のミラージュIII/EA)、グリフォL(チェコ空軍のL-159)、グリフォF/BR(ブラジル空軍のF-5BR)といったバリエーションがあり、累計販売実績は約450台。
もはや高級品とは限らないAESAレーダー
さらに近年、この手の小型軽量カテゴリーでも、AESA(Active Electronically Scanned Array)レーダーの事例が出てきた。もはや、AESAレーダーはハイエンドの高級品とはいいきれなくなっている。
例えば、EL/M-2032をAESA化したELM-2052は、ヒンドスタン航空機(HAL : Hindustan Aeronautics Ltd.)のテジャスMk.1Aや、印空軍のジャギュア近代化改修機で使われる。スケーラビリティを持たせた設計で、重量レンジは80kg~180kgと幅広い。レオナルドも同様に、グリフォ・レーダーをAESA化した製品を開発している。
そうした中、既存の技術的資産を活用しつつ、新規に起こした製品もある。それがレイセオン・テクノロジーズのファントム・ストライク。現在は飛行試験を進めている段階で、2025年には海外カスタマー向けの納入が可能になる見通し。
ファントム・ストライクは「どんなプラットフォームにでも搭載できる設計」とうたっており、戦闘機に加えて軽攻撃機、回転翼機、無人機、さらに地上設置も可能としている。そのためスケーラビリティは不可欠な要素であり、複数のサイズ・バリエーションを用意する考えとのこと。ただしもちろん、制御用のソフトウェアは共通化する。
ファントム・ストライクは、同等の能力を持つ既存AESAレーダー製品と比べて、消費電力を65%まで抑えて、かつ最大80%の軽量化を図れるとしている。最も小さなモデルで、アンテナ・アレイの重量が約100ポンド(45.4kg)、パワーコンディショナ・ユニットが約30ポンド(13.6kg)というからビックリだ。
すでに他の製品で経験がある、窒化ガリウム(GaN)を使用する送受信モジュールやデジタル制御といった技術は、もちろん活用している。しかし実は、電子機器やアンテナ・アレイを空冷化したことが、画期的な小型軽量化につながったという。
空冷化すれば冷却液が不要になり、機械的な可動部分も減るだろうから、保守負担の軽減や信頼性の向上にもつながるだろう。しかし、空気が薄くなる高空でも安定して冷やせなければレーダーが壊れてしまう。だから、確実に冷やせる設計を実現するところが鍵となる。
こうした、安価かつ十分な性能・能力を備えたAESAレーダーを「忠実な僚機」に載せてネットワークにリンクさせれば、有人機を危険にさらすことなく敵情を把握するための一助となるかもしれない。それはもちろん、JADC2(Joint All Domain Command and Control)みたいな領域横断型の戦闘概念において、重要な要素となるはずだ。
以下2点について、誤りがありましたため、当該部分を訂正いたしました。
・2025年には海外カスタマー向けの販売が可能になる見通し
→2025年には海外カスタマー向けの納入が可能になる見通し
・重量100lb(45.4kg)程度
→アンテナ・アレイの重量が約100ポンド(45.4kg)、パワーコンディショナ・ユニッ
トが約30ポンド(13.6kg)
ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。