今週のお題は、米陸軍が開発を進めているMRC(Mid-Range Capability)。逐語訳すると「中射程能力」となるが、それではなんだか意味不明。「中射程打撃能力」と意訳すると、まあ意味は通る。2023年に、プロトタイプを配備する予定とされている。連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

MRCの概要

MRCは、米陸軍が推進している新しい長射程精密火力構想「LRPF(Long-Range Precision Fires)」の一環。現用中のMGM-140 ATACMS(Army Tactical Missile System)の後継として開発が進んでいるPrSM(Precision Strike Missile。射程は500km程度)と、極超音速滑空飛翔体を撃ち出すLRHW(Long-Range Hypersonic Weapon、射程は2,760km程度)の間に位置する、射程500~1,800kmの長射程火力。担当メーカーはロッキード・マーティンで、2020年11月に3億3,932万ドルの契約が出ている。

車載式発射機は、4セルのミサイル発射機をトレーラーに載せて、牽引車で引っ張って移動する構造。発射機は車載式だから、撃ったら直ちに移動できる。そこに、RIM-174 SM-6艦対空ミサイルと、RGM-109トマホーク巡航ミサイルを搭載する。

どちらももともと、艦載用のMk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)に装填するミサイルだから、MRCの発射機でもMk.41の要素技術を活用できそうだ。効率性を考えると、Mk.41と同じミサイル装填用キャニスターを使いたいところであろう。

  • MRCのイメージ。指揮所だけでなく発射機もトレーラーで、牽引車で牽いて移動するようだ 引用:US Army

地上発射式トマホークを実現

これら車載式発射機×4両、ミサイル再装填車両、指揮所機能(BOC : Battery Operations Center)、支援車両(BSV : BOC Support Vehicle)でワンセットとなる。このうち指揮所の機能は、M983A4牽引車で牽引するトレーラーに収容する。

このMRC装備部隊を、M142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)部隊(これがPrSMを撃つ)やLRHW部隊とともに、MDTF(Multi Domain Task Force)に配備する。

トマホークやSM-6といった既存のミサイルを、陸上の移動式発射機に載せることで、TACMSでは実現できなかった「長い槍」と、従来にない「大きな防空の傘」を実現できて、しかもそれが動き回れることになる。ここまでは見ればわかる種類の話だ。

また、巡航ミサイルならリーチの長さを迂回経路に回して、「わざと大回りさせて敵の背後に回り込ませる」ような使い方もできる。先に発射したトマホークが敵軍の背後から襲いかかるのとタイミングを合わせて、正面からPrSMを撃ち込むような真似もできる理屈となる。(実際にやるとはいっていない)

なお、地上発射式トマホークの話が出たのは、MRCが初めてではない。冷戦中、ソ連がSS-20弾道ミサイルを配備するのに対抗して、米空軍がヨーロッパに地上発射型トマホーク(空軍ではグリフォンという名前をつけていた)を配備する計画を立てたことがある。

JADC2の文脈からMRCを見ると

トマホークもSM-6も、海軍との共通装備である。それを搭載する移動式発射機が陸上を走り回る。ということは、第470回~471回で取り上げた米海軍の分散海洋作戦(DMO : Distributed Maritime Operations)と同じようなことを陸上で展開するのがMRCではないか、という見方も成立し得る。

「何をバカなことを」といわれそうだが、海軍の艦艇は陸に上がって動き回りながら作戦行動を展開することはできない。陸軍の車両は海の上を走り回ることができない。同じような(といっても、弾数にはだいぶ違いがあるが)能力を備えた資産を陸上と洋上の双方に展開できれば、任務遂行に際しての選択肢が広がるかもしれない。

そして、MRCの陣容を見るとすぐに分かることだが、自前で目標を捕捉追尾するための道具立てを持っていない。つまり、ターゲティングに関しては外部の資産に依存する考えであろうと推測できる。機動力を生かして陸上を走り回り、敵に捕捉されないようにしながら、敵軍の「重心」となるターゲットに関する情報をネットワーク経由で受け取り、トマホークという長い槍(いや、斧か)を放って叩く。そんな運用構想だろうか。

一方、空から飛来する脅威については、SM-6を使って交戦する。これは、MIM-104パトリオット地対空ミサイルではカバーできない、水平線超えの遠距離交戦能力をもたらしてくれる。ターゲットに関する情報はネットワーク経由で受け取り、それをミサイルに入力して発射すれば、SM-6は自前のアクティブ・レーダー・シーカーを備えているから、最後はそれを使って交戦できる。

「じゃあ、その発射機にSM-6ではなくSM-3を搭載して、外部のセンサーから情報を受け取って発射すれば、移動式イージス・アショアができるんじゃないの?」というアイデアも出てくる。ただし、これは「理屈の上では、実現できるかもしれないけどね」というレベルの話ではある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。