第345回で、オーストラリアのCEAテクノロジーズが手掛けている艦載フェーズド・アレイ・レーダーを取り上げたことがあった。このときには、まだ現物に相見えたことがなかったが、先日、横須賀に現物がやって来た。そこで「小型化と分散化」というテーマはお休みして、そちらの話を。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

オーストラリア海軍のANZAC級フリゲートのASMD改修

オーストラリア軍の装備調達計画では、「Project ○○ △△△△ フェーズ××」という名前がつけられる。「○○」の部分は陸軍向けなら “Land”、海軍向けなら “Sea”、空軍向けなら “Air”。「△△△△」の部分は数字。なお、複数の軍種にまたがる統合案件だと「JP (Joint Project) △△△△」となる。

そして、オーストラリア海軍のANZAC級フリゲートに対しては、まずASMD(Anti Ship Missile Defence)改修が行われた。これがProject Sea 1448フェーズ2Bで、艦対空ミサイルとしてRIM-162 ESSM(Evolved Sea Sparrow Missile)を導入するとともに、CEAFAR多機能レーダーとCEAMOUNT射撃指揮レーダーを搭載した。これは第345回でも取り上げた話。

  • ASMD改修を実施する前の、ANZAC級の第一形態。これは4番艦の「スチュアート」 撮影:井上孝司

ASMD改修により、艦の中央部に塔状のレーダー・マストが追加され、そこにCEAFARとCEAMOUNTを取り付けた。そして頂部には、遠距離対空捜索用のAN/SPS-49レーダーを載せたが、これはANZAC級がもともと装備していたもの(上の写真でも、中央部のマストに載せている様子が分かる)。

これで、ANZAC級フリゲートは「第二形態」に進化した(ゴジラか)。ただ、AN/SPS-49は実績ある製品だが、回転式アンテナだから全周の同時捜索はできない。

Project Sea 1448 フェーズ 4B

そこでさらに、Project Sea 1448フェーズ4Bとして、AMCAP(Anzac Midlife Capability Assurance Program)改修を実施することになった。AN/SPS-49を降ろして、レーダー用の塔型構造物を上に拡張する。そこに、CEAテクノロジーズ製のCEAFAR-2Lレーダーを取り付ける。

CEAFAR-2Lは、第345回でも少し触れたように、Lバンドのアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダー。CEAFARはガリウム砒素(GaAs)半導体素子を使うが、CEAFAR2は窒化ガリウム(GaN)に変えて性能を向上させる。

そのAMCAP改造を実施した一番手が、11月に横須賀基地に来航したアランタ Arunta だった。これがANZAC級の第三形態である。同じ「Project Sea 1448」でフェーズが異なることから、ASMD改修もAMCAP改修も、同じ一連の流れで行われていることが分かる。

  • 横須賀に来航した2番艦「アランタ」。AMCAP改修を済ませた「第三形態」にあたる 撮影:井上孝司

実装に際しての課題

横須賀に来航したアランタを御覧になった方が、ほぼ異口同音に口にされていたであろう感想は「塔状構造物がデカい」と思われる。大丈夫、筆者も同じことを思っている(何が大丈夫なのか)。

もっとも、その塔状構造物の中身がミッシリ詰まっているわけではないから、見た目ほどには重心は上がっていないと思われる。もちろん、ASMD改修やAMCAP改修に際して、その辺の検討や計算はちゃんとやっているはずだ。どうしても重心が上がってしまうとなれば、他の何かを降ろして重心を下げるとか、艦底にバラストを積むとかいう策が必要になる。

フェーズド・アレイ・レーダーのアンテナは、小さな送受信モジュールをたくさん並べたものだから、相応に重い。しかし、それを制御する機器やコンピュータ、電源は艦内に設置できる。ただし、設計者が実装のことを何も考えず、アンテナも電子機器もひとまとめにしてしまうと、重量物が高所に集中して実装の担当者が泣く。

つまり、性能のいいレーダーを作ることはもちろん大事だが、それをプラットフォームに実装するときのことまで考えて設計しないといけない。なにも艦載レーダーに限らず、「軍事とIT」に関わるすべての製品にいえることだ。

ただ、重心高以外にも考慮しなければならないファクターはある。たとえば、大きな塔状構造物が艦の中央部にそそり立ったから、その分だけ風圧側面積は増えている。すると、横風を受けたときの操艦性(特に接岸・離岸のとき)に影響が生じる可能性が懸念される。

  • アンテナ・マストのクローズアップ。上にある菱形のアンテナが対空広域捜索用のCEAFAR-2L、その下にある、少し小さい菱形のアンテナが対空精密捜索用のCEAFAR、CEAFARの間にある小さな縦長のアンテナがミサイル誘導用のCEAMOUNT 撮影:井上孝司

面白いのは、普通なら4面で全周をカバーするのに、CEAFARシリーズは6面を用いているところ。これは当然ながら、アンテナ・アレイを取り付ける構造物の外形に影響する。現物を見ると、アレイが向いている角度は艦首方向を0度とした場合、30度、90度、150度、210度、270度、330度。左右の真横を向いた平面はあるものの、アレイが小さいから平面の面積も小さい。

横風のことだけ考えれば、角度を30度ずらして艦首方向と艦尾方向に1面ずつ配する方が良さそうだが、そうすると今度はマストなどの構造物が干渉しそうだ。そう考えるとやはり、実艦の配置に落ち着く。

ANZAC級の改修では、すでにある艦のレーダーを後から載せ替えているから、その分だけ制約がきつい。建造計画が進んでいる後継艦のハンター級は、当初からCEAFAR2シリーズの搭載を前提として設計できる分だけマシだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。