第470回で、米海軍の分散海洋作戦(DMO : Distributed Maritime Operations)を取り上げた。洋上の広い範囲に、センサーとシューターを分散展開させるところが骨子である。では、陸上ではどうだろうか。

砲兵は戦場の神である

……という業界の格言(?)がある。言い出しっぺはヨシフ・スターリンであるらしい。確かに、ソ連軍、あるいはソ連軍の流儀を受け継ぐ国の陸軍では、火力支援手段として砲兵を重視する傾向が強いように見受けられる。そして、その火力がいかほどの威力を有しているのかを実地に体験させるのが、陸上自衛隊による富士総合火力演習の本来の目的であるわけだ。

  • 陸上自衛隊による富士総合火力演習で発砲する自走榴弾砲。まとまって発砲すると勇壮ではあるが、ひとたび見つかって狙われると脆弱でもある 撮影:井上孝司

砲兵は普通、「砲兵隊」を編成して動く。小さな単位から大きな単位までいろいろあるが、火砲だけでなく、そこで使用する弾薬を載せた補給車、牽引砲であれば移動に使用する牽引車など、いろいろと付帯設備が必要になる。

それらを1つの「隊」にまとめる方が、運用する面では具合が良い。それに、複数の火砲を用いて同一の目標に集中的に砲弾を撃ち込めれば、その分だけ破壊力が増大する。撃たれる方はたまったものではないが。

ところが、「隊」として一つところに集中展開すると、対砲兵レーダーによって所在を突き止められて対砲兵射撃を受けたときに一網打尽。また、砲兵隊が隊伍を組んで移動すれば、E-8C J-STARS(Joint Surveillance Target Attack Radar System)のような戦場監視機によって所在を見破られる可能性も考えられる。

なんにしても、砲兵隊の所在がつかまれたら、「撃たれる方はたまったものではない」が、我が身のことになってしまう。それならDMOと同じ考え方で、砲兵も分散配置したらどうだろう。という発想が出てきても不思議はない。しかしそうすると、指揮統制や補給のプロセスが複雑になるが、それだけの話では済まない。

Time on Target

先に書いた「同一の目標に集中的に砲弾を叩き込む」。これを時間をかけてやるのではなく、タイミングまで合わせて実現する。いわゆる同時弾着射撃(ToT : Time on Target)である。

担当する火砲が一つところにまとまっていれば、ターゲットまでの距離はだいたい同じになるから、手持ちのすべての火砲が同じように同じ目標を指向して同時に発砲することで、結果的にToTを実現できる。しかし、火砲がそれぞれ異なる場所に分散配置されていたら、どうなるだろうか。

火砲ごとに位置が異なり、それらが同じターゲットを狙おうとすると、ターゲットまでの距離はそれぞれ違ってくる。そこで同じタイミングで発砲したのでは、弾着のタイミングが同じにならない。対応する暇を与えず、大量の弾が一斉に降ってくるからToTに意味があり、散発的に弾が降ってきたのでは効果が減殺される。

  • これも富士総合火力演習で、榴弾砲が撃った弾が弾着した瞬間。複数の弾が、ほぼ同時に弾着・炸裂している様子が分かる 撮影:井上孝司

しかし解決策はある。火砲ごとにターゲットまでの射距離が分かっていれば、発砲から弾着までに要する時間は計算できる。そこから逆算して、「このタイミングで弾着させるには、いつ発砲すればよいか」を割り出して、その通りにやればよい理屈。

口でいうのは簡単だが、これを実行するのは意外と難しい。まず、火砲ごとに現在位置を精確に知らなければならない。もちろん、ターゲットの位置も精確に知らなければならない。そして、ターゲットの位置や弾着のタイミングに関する情報を、分散展開した個々の火砲すべてがちゃんと承知していなければならない。

射撃統制システムとネットワーク

この課題を解決するには、ネットワーク化された射撃統制システムが不可欠となる。あくまで「理屈の上ではこうだ」という話だが、こんな流れになろうか。

  • 個々の火砲を、無線データリンクで射撃統制システムに接続して、測位システムで得た位置情報をアップロードする
  • ターゲットの位置情報を射撃統制システムに入力して、弾着のタイミングを決定する
  • 射撃統制システムは、個々の火砲から受信した位置情報に基づいて、それぞれの火砲ごとに発砲から弾着までの時間を計算する。すると、弾着のタイミングから逆算する形で発砲のタイミングを割り出せるので、それを個々の火砲に伝達する
  • 個々の火砲は、伝達されたタイミングで発砲する

この辺の考え方はDMOと似たところがある。しかし、DMOで「槍」を務める各種ミサイルはわざと迂回経路をとって飛ばすことができる(つまり時間や突入の方向を調整できる)のに対して、砲弾は撃った後に調整がきかないから、発砲のタイミングですべて決まってしまう点は異なる。

とりあえず榴弾砲の使用を前提として書いたが、事情は地対地ロケットでも変わらない。地対地ロケットは弾道飛行をするから、巡航ミサイルみたいに迂回経路をとることはできない。発射のタイミングで弾着のタイミングも決まる。

機会があったので、ロッキード・マーティンの方に「M142 HIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)多連装ロケット発射機を分散配置しておいて、撃ったロケットを同じターゲットに同時弾着させるような使い方はできますか」と訊いてみたら、「理屈の上ではできる」との答えであった。発射機を射撃指揮所に隣接させる必要はなく、離れた場所に置いたときには無線通信でリンクするのだそうだ。それなら分散配置も可能である。

  • かなり前からある装備だが、ウクライナで使われたせいで、いきなり有名になったM142 HIMARS 写真:USAF

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。