いささか話の内容が前後している感があるが、今回は、軍事業界における「物理的に分散配置しているセンサーと、状況図の生成」について考えてみたい。

状況図とは

関係する皆で共有する状況図、業界ではCOP(Common Operating Picture)という言葉を使うことが多い。シンプルにいえば、「地図上に彼我のユニットの所在やステータス情報を表示して、それを逐次更新する。その図を全員で共有する」という話になる。考え方は理解しやすい。

  • CP CE(Command Post Computing Environment)バージョン2を用いて、航空写真に味方ユニットの情報を重畳したもの。米陸軍が実験イベントで試した際のひとこま 引用:US Army

何も作戦図や状況図に限らず、関係者全員で同じ状況認識を実現するには、同じ情報を皆で共有しなければならない。文書ファイルを全員に個別に配布して、個別にアップデートしていたのでは整合がとれなくなるが、それと似ていなくもない。

しかし、口でいうのは簡単だが、リアルタイムで最新の情報が反映されるCOPをどのように生成するか。探知を受け持つセンサーも、そこから得た情報を活用する友軍のユニットも、それぞれ複数あって、かつ物理的に分散しているとなると、簡単そうに見えて簡単ではない。しかし、それをやらないと「小型化と分散化」にならない。

分かりやすいのは、データのとりまとめ役を一つ置くこと。陸上でも艦上でも空中でも良いが、センサーからの探知情報を集約してCOPを生成するシステムをひとつ用意して、みんなそこに接続した上で情報をアップロードする。これなら分かりやすい。しかし、その「とりまとめ役」が機能不全を起こしたり、敵軍にやられたりすれば、それでもうCOP生成の機能が崩壊する。

この辺の事情は、分散処理と集中処理の比較に似た部分がある。

特定のノードに機能を集中せずにCOPを生成する

では、特定のノードに機能を集中せずに、分散配置したセンサー群からの情報を重畳してCOPを生成することは可能なのか。理屈の上では可能である。

そこで問題になるのがネットワークのトポロジーと、そこにおけるデータの流れ。スター型のネットワークで「どこか一つに集約する」のではなく、メッシュ型にして、送信したデータが関係する全員に届くようにする必要がある。すると、個々のノードには複数のセンサーから個別に情報が流れ込んでくることになる。

個々のセンサーが、例えばレーダーを装備している場合。レーダーで得られる情報は、自己位置を起点とする方位・距離・高度(三次元レーダーの場合)、つまり相対的な位置関係を示す情報になる。ということは、それだけでは地図上に絶対的な位置をプロットすることはできない。センサー・ノードの自己位置情報に、そこを起点とする相対的な位置情報を加味することで初めて、探知目標の絶対的な位置が分かる。

やり方としては、センサー・ノードが「自己位置情報」と「方位・距離・高度の情報」を送信する手も考えられるが、データを受け取った側の処理負担が増えてしまう。センサー・ノードの側で前処理を行い、探知目標の絶対位置を割り出してから送信する方が、データ量が少なくて済むし、間違いも起こらないだろう。

COPの生成を受け持つのは、洋上であれば個々の艦艇が搭載する指揮管制装置になるだろうし、陸上で使用するIBCS(Integrated Battle Command System)ならEOC(Engagement Operations Center)になるだろうか。そこに、個々のセンサー・ノードから探知情報が個別に流れ込んできたら、それらを重畳する処理を行う。

つまり、誰かが一括して探知情報を集約してCOPを生成するのではなく、個々のノードがそれぞれ個別に、同じ探知情報を使用してCOPを自分のところで生成する。ベースになる探知情報が同じであれば、個別にCOPを生成しても、得られる結果は同じになるはずだ。

理屈の上ではそういうことになるが、COPは一度生成して終わりというわけではなく、逐次、アップデートしていかなければならない。また、個々のノードが探知情報を受け取ってCOPを生成する処理に時間差が生じる可能性もある。すると、位置情報だけでなく時刻の情報もつけてやらなければならないだろう。

不可欠なものとなる精確なPNT

すると、「センサー・ノードごとの自己位置の把握」や「探知情報に精確な時刻情報をつける」を実現するために、PNT(Positioning, Navigation and Timing)が重要な役割を果たすことが分かる。

御存じの通り、GPS(Global Positioning System)があれば精確なPNT情報を得られる。しかし、GPSに対する妨害や欺瞞の問題が取り沙汰されている昨今、GPSに全面的に依存できるかというと疑問が残る。

それだからこそ、GPSの抗堪性を高めるための技術開発や、GPSが使えなくなった場面に備えた代替PNTの技術開発に血道を上げることになるわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。