ロシアがウクライナに戦争を仕掛ける前から、NATO諸国が東欧諸国の上空でさまざまな情報収集資産を飛ばしていた。この分野に興味がある方なら、おそらく御存じであったろう。具体例としては、E-3セントリーのようなAWACS(Airborne Warning And Control System)機、E-8ジョイントスターズのような戦場監視機(地上の車両の動向を監視する)、RC-135リベットジョイントのような電子情報収集機などがある。

情報は活用してナンボである

NATOが東欧で情報収集資産を飛ばしているのは、NATO加盟国に対する侵攻を警戒するだけでなく、ウクライナに対する情報支援という含みもあってのこと。公言していなくても、それぐらいの予想はできる。

そして、隠密裏に飛ばすこともできるのに、わざわざ存在を公にして情報収集資産を飛ばしているのは、それによってロシアに何かしらのメッセージを送る狙いがあるということ。

しかし、いくらこうした情報収集資産を充実させても、そこで得られた情報を即座に有効活用しなければ役に立たない。しかも、情報伝達に時間がかかれば情報が古くなってしまうし、伝達する手段がないのは論外だ。これがNATO加盟国同士なら、情報伝達のための道具立ても手順も確立されている。それがなければ連合作戦が成り立たない。

  • E-3セントリー。航空戦の成否を握る要石のような存在 撮影:井上孝司

ところが、ウクライナに情報を提供するとなると話が違ってくる。NATO加盟国ではないウクライナの軍が、通信分野でどこまでNATOとの相互運用性を確立できているか。これはモノを買って書類の上で形をつければ済むという種類の話ではなくて、実際に情報をやり取りする訓練を伴わなければならないだろう。

ウクライナの通信事情とは?

ウクライナの場合、過去にソビエト連邦に属していた経緯があるので、装備体系も旧ソ連式でスタートしている。NATOに加盟した東欧諸国やバルト諸国は装備体系の転換を図っており、当然ながら通信機器もその対象になっている。ではウクライナ軍はどうしているか。

そこで過去のデータをあたってみると、アメリカのハリス社(当時。現在はL3ハリス・テクノロジーズ)が、ウクライナを含む複数の外国向けに輸出するマルチバンド通信機(AN/PRC-152A, AN/PRC-117G)、短波通信機、降車歩兵用通信機、アンテナなどを受注していた。また、NATOは2018年に、ウクライナに秘話通信機材を提供すると決定していた。

  • AN/PRC-117通信機。かつてはハリス、今はL3ハリス・テクノロジーズの製品 撮影:井上孝司

このほか、ウクライナ軍が手持ちの戦車に対してアップグレード改修を実施する際に、通信機を換装しているとの情報もあった。ただし、どういう規格のどういう製品に換装したかは確認できなかったのだが。

こうしてみると、全面的に転換できているかは別として、NATO諸国と同規格の通信機器がウクライナに送り込まれているのは確かなようだ。それであれば、ある程度の情報提供基盤はできていることになる。

同盟の枠外でどのように情報を伝達するか

AWACS機や戦場監視機の場合、得られた情報を伝達するための理想的な手段はデータリンク。送ったデータを表示できるコンピュータ機器が相手側にあれば、ただちに敵情が画面上に現れる。電子情報収集の場合には事情が異なるが、例えば傍受した通信の内容を伝達するのであれば、これは内容が不規則だから、データリンクよりも音声あるいは文章で伝達する方が現実的であろう。

  • E-3の機内にある管制員用のコンソール。この画面に現れた情報を、どのように伝達・活用するかが問題になる 撮影:井上孝司

ただ、NATO諸国の情報収集資産とウクライナ軍が、ダイレクトにデータリンクでつながっているかというと、そこは疑問が残る。データリンクを有効活用しようとすると、用意しなければならないハードウェアが大がかりになってくる。通信機器は秘匿性が高い分野だから、NATOの枠外にある国に対してホイホイと機材を渡せるかどうか。

なお、秘話通信機を渡す話が出ていたのは先に書いた通りだが、そうなると今度は、暗号化で必要となる鍵情報の管理をどうするか、という問題も出てくる。通信の内容と同様に、これも秘匿性の高い分野に属する話だから、NATO加盟国ではない国との間で、どのようにして問題を解決するか。

すると次善の策として、データリンクよりも口頭あるいは文章にする方が現実的とも思える。E-8が捕捉する地上軍の動静であれば、相手の移動速度があまり速くないから、情報の伝達にいくらか時間を要しても、何もないよりはマシだ。

航空機の場合、早期警戒に徹して侵入機の位置・針路・速度をウクライナ側に教えるだけでも、ウクライナ軍の防空部隊は助かるだろう。備えのための時間的余裕ができるからだ。

あいにくと、通信、とりわけ日々の戦術通信はもっとも秘匿性の高い分野だから、実際にどうしているかを窺い知る術はない。そのため、「もしかすると、こうしているんじゃない?」と推測する程度のことしかできないのは歯痒いところだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。