これは軍民を問わない話だが、通信は「通じてナンボ」である。いくらスペックが立派な通信機材でも、必要なときに必要な相手とやりとりができなければ、存在価値はゼロといってよい。

ソ連崩壊後、通信の相手が変わったら……

それが問題になった一例が、ソビエト連邦の崩壊と、その後に生じた東欧諸国のNATO加盟。ワルシャワ条約機構の傘下にあったときには、当然ながら通信機器は「ソ連軍規格」のものになる。ところがNATOに加盟すれば、今度はNATO諸国との相互接続性・相互運用性が求められる。

通信の場合、周波数や変調方式といった、軍民に関係なく関わる項目だけでなく、暗号化というファクターも関わってくる分だけ話がややこしい。通信の秘匿性を維持するためには暗号化は不可欠の機能だが、もちろん、そちらも同盟国との間で相互運用性を確保しなければならない。

だから東欧諸国ではNATO加盟後に、通信機器や暗号化機器の入れ替えが発生した。理想をいえば、車両や艦艇や航空機といったプラットフォームごと取り替えたいところだが、さすがに、それを即座に実現するのは経済的に難しい。そこで、旧ソ連製のプラットフォームに対して、NATOの標準化規格に適合する通信機を載せる仕儀となった。

  • 米空軍との共同訓練に参加した、ポーランド空軍のMiG-29。もちろんCNI分野の相互運用性がなければ共同訓練も覚束ない 写真: USAF

敵味方の識別手段にもお国事情が現れる

敵味方識別の手段についても、同じ問題が生じる。ソ連規格のIFF(Identification Friend or Foe)を載せたままでは、誰何されたら「敵認定」されてしまう。よってこちらも、NATOの標準化規格に適合するIFF機器に載せ替える必要が生じた。

これは、国が「鞍替え」をしたために生じた課題だが、違う場面も起こりうる。たとえば、NATO規格の装備品を使用している国の軍隊に、旧ソ連製、あるいはロシア製の装備品が入ってきた場合。「そんなことあるのか?」と疑問に思われそうだが、ちゃんとある。

分かりやすい例がインド。ここは政治的観点もあり、欧米諸国からもロシアからも装備品を導入している。しかし、同じ「インド軍」の装備品である以上、内輪での相互接続性・相互運用性は確保しなければならない。

すると、通信・航法・識別(CNI : Communication, Navigation, and Identification)分野の機材は、ソ連/ロシア仕様またはNATO仕様の、いずれかにそろえる必要がある。そうした事情もあり、インド空軍のSu-30MKIフランカーは、ロシア製で固めるのではなく、フランスやイスラエルといった国のアビオニクスも載っている。

また、航空自衛隊の戦闘機は日本の防空指揮管制システムに合わせたデータリンク機材が載っている。すると、同じF-15でも日本の機体とアメリカの機体では違いが生じることになる。

  • 同じF-15でも、航空自衛隊のF-15Jと米空軍のF-15Cでは電子機器の陣容が異なる 撮影:井上孝司

航法機器も問題になる

ここまでは「通信」と「識別」の話だったが、「航法」はどうか。実はこちらも影響が出ることがある。その理由は、単位系にある。

分野によっては、一般的なメートル法ではない単位系が使われていることがある。航空機の分野を例に挙げると、重量はポンド、高度はフィート、速度はノットである。艦艇なら、水深に尋(ファゾム)を使うし、速度はノットである。

ところが国によっては、メートル法で動いているケースもあるからややこしい。例えば、中国やロシアの航空管制では、高度をメートル単位にしている場面があるという。それに合わせて造られた機体は当然ながら、高度計もメートル単位になってしまう。管制官が高度をメートル単位で指示してくるのに、機体の高度計がフィート単位になっていたら、パイロットはいちいち頭の中で換算しなければならず、そんなことになれば事故の元だ。だから計器もメートル法になる。

ところが、いわゆる西側諸国の航空業界はフィートとポンドとノットで動いている。すると、東欧諸国のNATO加盟みたいなケース、あるいは自国仕様の装備品を海外に輸出しようと企てたケースで、「単位がメートル法になっている航空計器を、フィート単位のものに変更する」なんていうことが起きる。

東西ドイツの統合が実現したときに、旧東ドイツ空軍で使用していたMiG-29フルクラムを統一ドイツ空軍に編入した。新生ドイツ空軍は基本的に西ドイツ空軍なので、当然ながらNATO規格の空軍である。そのため、MiG-29についてはCNI関連機材の換装が必要になった。その一環として計器の交換も行われている。

だから、改修後の機体に対応するフライトマニュアルを見ると、高度計はフィート単位、速度計はノット単位になっている。もちろん、通信機やIFF機器の交換も行われた。

最近では、GPS(Global Positioning System)を初めとするGNSS(Global Navigation Satellite System)の利用が増大しているから、これも問題になる可能性がある。つまり、国によって「うちはGPSだ」「うちはガリレオだ」「うちはGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)だ」「うちは北斗だ」といった具合に異なるGNSSを使用していれば、航空機や艦艇の輸出や移管に際して、GNSS受信機の換装が必要になるかもしれない。GPSの軍用モードみたいに暗号化機能を備えている事例もあるから、通信の暗号化と同様に、これも問題になる理屈だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。