統合防空・ミサイル防衛(IAMD : Integrated Air and Missile Defense)という言葉が喧伝されるようになってしばらく経つ。今では「ミサイル防衛に従事する資産はIAMDに対応していなければダメ」という風潮になっているかもしれない。そこでフッと、「そもそもIAMDの本質ってなんだろう?」ということを考えた。

ベースライン9とIAMD

IAMDという言葉が広く喧伝されるようになったきっかけは、イージス戦闘システム・ベースライン9の出現ではなかっただろうか。

これより前のイージス戦闘システムでは、弾道ミサイル防衛(BMD : Mallistic Missile Defense)の任務に就く場合、システムの処理能力をそちらに食われてしまうため、もともとの表芸である対空戦(AAW : Anti Air Warfare)に回す余力がなくなってしまうとされていた。

イージスの眼であるAN/SPY-1レーダーの制御や、レーダーが受信した反射波のシグナル処理はみんな、イージス戦闘システム自身が引き受けている。だから、そこの処理能力に限りがあれば、それをありったけBMDに回さざるを得ない。

ところがベースライン9になって、マルチミッション・シグナルプロセッサ(MMSP)という新兵器が登場した。これでシグナル処理能力が大幅に強化され、ベースライン9ではAAWとBMDの同時対応が可能になった。と、ここまでの話はすでにあちこちで散々書かれているし、筆者自身も何度も書いてきた。

ここまでの話だと、「AAWとBMDを二者択一ではなく、同時並行的に実施できる。それがIAMDである」という解釈になりそうではある。ところが筆者は「確かに防空とミサイル防衛を同時に実施できるけれども、それだけが “統合” なのか?」と考え始めてしまった。

単一のプラットフォームで完結する話ではない

当節では防空にしろミサイル防衛にしろ、単一のプラットフォームで完結する話ではなくなっている。脅威の種類が多種多様になっているだけでなく、カバーすべき範囲が極めて広いからだ。

弾道ミサイルや極超音速飛翔体は、数千キロメートルの彼方から飛んでくる。しかも弾道ミサイルは宇宙空間から降ってくるが、極超音速飛翔体はもっと低いところを飛ぶ。するとレーダーの覆域に入るタイミングが遅くなるから、探知して対処するまでの時間的余裕が乏しくなる。

そこで時間的余裕を稼ぐには、遠方まで探知手段を展開しなければならない。そのため、低高度の軌道を周回する探知・追尾用の衛星を配備しようという話が出てきた。

  • アメリカ本土のミサイル防衛ひとつとっても、衛星、地上設置レーダー、イージス艦、迎撃ミサイルと、多様な構成要素が関わっている 資料:米国防総省「2019年版Missile Defense Review」

    アメリカ本土のミサイル防衛ひとつとっても、衛星、地上設置レーダー、イージス艦、迎撃ミサイルと、多様な構成要素が関わっている 資料:米国防総省「2019年版Missile Defense Review」

  • ロッキードマーティンが開発しているAN/SPY-7(V)1。日本はイージス・アショア用にAN/SPY-7(V)1を2基購入する計画だったが、2020年にイージスアショア導入計画の停止が発表された 写真:ロッキードマーティン

    ロッキードマーティンが開発しているAN/SPY-7(V)1。日本はイージス・アショア用にAN/SPY-7(V)1を2基購入する計画だったが、2020年にイージスアショア導入計画の停止が発表された 写真:ロッキードマーティン

では、巡航ミサイルや航空機のような昔からの経空脅威はどうか。これを探知・追尾する際、艦載レーダーだけでなく、レーダーを搭載した早期警戒機も関わってくる。地理的な位置関係次第では、陸上設置のレーダーが先に探知するかもしれない。

つまり、探知・追尾の手段ひとつとっても、陸上、海上、空中、宇宙と、広いエリアにさまざまな資産を展開しなければならない。これは迎撃手段となる資産も同じことで、戦闘機も艦対空ミサイルも地対空ミサイルも、そしてBMD用のミサイルも関わる。将来はレーザー兵器も出てくるだろう。

すると当然ながら、単一のプラットフォームにすべて積み込んで、そこで完結させる方法ではカバーしきれない。センサー(探知手段)にしろシューター(交戦・破壊手段)にしろ、さまざまなところに分散しており、それらをネットワークで結んで互いに連携させる必要がある。

そして、相手が航空機だろうが無人機だろうが巡航ミサイルだろうが、はたまた極超音速飛翔体だろうが弾道ミサイルだろうが、すべてのデータをひとつの指揮管制システムに集約する。そのデータを基にして脅威評価と優先順位付けを行い、どこの誰に交戦させるかを決めて、データを送って指令を飛ばす。

こうすれば、全体状況の把握が容易になるし、手持ちのリソースの最適配分(最善配分、というほうが正しいかもしれない)も可能になる。単に、交戦対象ごとに探知・迎撃システムを構築して連携させずに並べるだけでは、「総合防空・ミサイル防衛」ではあっても、「統合防空・ミサイル防衛」とはいえないのではないか。

つまり、IAMDの本質とは、「防空もミサイル防衛も対応できます」ではなく、「防空でもミサイル防衛でもなんでも、空からの脅威について一元的にデータを管理して指揮統制を行う点にある」ではないだろうか?

会社の組織作りに際して事業部制とかカンパニー制とかいう話があるが、その事業部や社内カンパニーがそれぞれバラバラに、好き勝手に動いていては総合力につながらない。互いに連携して動いてこそ意味がある。統合防空・ミサイル防衛も、それと似たところがある。のかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。