先進技術実証機「X-2」と将来戦闘機に関する話題が続いているが、今回は自衛隊の災害派遣で活躍している資産の1つである救難ヘリコプターの話を単発で書いてみよう。

救難ヘリコプターとは

日本では海上自衛隊と航空自衛隊が、それぞれ自前の救難ヘリコプターを保有・運用している。本来の目的は、事故や実戦で墜落した飛行機の搭乗員などを救出することだ。しかし、そういう事案はそう頻繁に発生するものではないし、むしろ民間向けの救難を実施する場面のほうが多いぐらいではないだろうか。

民間向けの救難任務は、警察や消防のヘリでは手に負えないとなってから、自衛隊に要請が行くことが多い。本来任務である自衛隊向けの救難任務にしても、どんな厳しい条件下での任務になるかどうかわからない。

それに、実戦下での救難任務、つまり戦闘捜索救難(CSAR : Combat Search and Rescue)のことも考えなければならない。平時の救難任務なら敵は自然現象だけだが、CSARでは敵の妨害を排除しながら救出しなければならないから、それだけ面倒である。

幸いにも自衛隊はそういう経験をしていないが、米軍の救難部隊だと、敵地で撃墜された味方機の搭乗員を救出するために、敵地に乗り込んでいく場面がしばしばある。

昔はこういう時、敵の妨害を制圧するために戦闘機や攻撃機が護衛についたものだ。しかしそうなると、救難部隊が目立ってしまい、かえって攻撃されやすくなる可能性もある。そこで近年では、夜間の隠密侵入によって救出を試みる手法が中心になった。それでも当然ながら、必要と判断すれば護衛はつくし、救難ヘリ自体も降着場所を制圧するための機関銃ぐらいは備えている。

航空自衛隊の救難ヘリコプター「UH-60J」。機体外部にいろいろと「ひっつきもの」があってスマートという言葉とは縁遠いが、任務遂行のためには不可欠なものばかりだ

こちらは米空軍の救難ヘリコプター「HH-60G」。戦闘捜索救難を前提にした重装備の救難ヘリだ 写真:USAF

航法機材の充実

さて。夜間に敵地に侵入して、しかも目立たないようにしようとすれば、低空飛行によって地形にまぎれるのは常道である。そのほうが、対空捜索レーダーによる探知を避けやすい。その代わり、地面や樹木や送電線との間で意図せざる接触をする可能性も高くなる。

そこで、救難ヘリコプター、なかんずくCSAR用のヘリコプターは、航法機材を充実させている。米空軍のHH-60Gペイブホークを例にとって説明しよう。

慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)やGPS(Global Positioning System)受信機はいうまでもないが、速度を正確に知るためのドップラー・レーダーもある。飛行機の速度計は対気速度計といって、周囲の気流との相対速度を表示するものだから、向かい風や追風になれば対地速度との間にズレが生じる。ドップラー・レーダーは、地面に向けて照射したレーダー電波のドップラー偏位を使って、正確に対地速度を知ることができる。

また、雷雲を避けるために気象レーダーを備えているほか、夜間でも視界を確保できるように、前方監視赤外線センサー(FLIR : Forward Looking Infrared)も用意している。ただし、FLIRの映像はコックピットに設置したディスプレイに表示するので、パイロットはそれでいいとしても、救難降下員にとっては具合が悪い可能性がある。だから米軍の救難ヘリは、搭乗している全員が暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)を装着して任務に出る。

HH-60Gの機首に取り付けられた気象レーダー(左上)とFLIRターレット(右側)。胴体下面にはドップラー・レーダーもある

ちなみに、送電線との意図せざる接触については、ワイヤーカッターを機体の各所に取り付けて、ちょん切ってしまう。

通信機材の充実

飛行機の無線機というと、超短波(VHF)や極超短波(UHF)の無線機を搭載するのが一般的だ。さらに、遠距離通信が必要なら短波(HF)も加わる。これが米軍のCSARヘリだと、さらに衛星通信装置まで搭載している。だから、遠方にある指揮所との直接連絡も可能だ。VHF/UHF無線機だけだと、見通し線範囲内でしか通信できない。

また、救出対象になる搭乗員は、自分の位置を知らせたり、救難ヘリの搭乗員と連絡をとったりするための無線機を携行している。例えば、ボーイング社が米空軍に納入しているCSEL(Combat Survivor Evader Locator)は、救難ヘリに自身の位置を知らせるためのビーコン機能に加えて、テキスト・メッセージングの機能もある(製品情報のPDF)。

なぜ、テキスト・メッセージングなのか。音声通話ではいけないのか。実はいけないのである。音声通話では声を発しないとならないから、それが近所にいる敵兵に聞こえてしまうかもしれない。また、救難機からの応答も同様で、スピーカーから音を出したら周囲にまる聞こえだ。だから、スピーカーではなくイヤホンを使うようにしたぐらいである。その点、テキスト・メッセージングなら声を出さなくても情報を送れる。

その他の機材

寒冷地を飛行していると、氷結の可能性も考えなければならない。そこで米空軍のHH-60Gの場合、氷結検知装置も備えている。氷結を検知したい場所に振動発振棒を取り付けており、もしも氷結が発生して振動発振棒に氷が付着すれば、振動発振棒の固有振動数が変化する。それを利用することで、氷結の有無やその程度を知る、という理屈だそうだ。

HH-60Gのフライト・エンジニア席にある計器盤。左側が氷結検知装置と除氷装置のパネルで、「LWC g/m3」と書かれたメーターが氷結表示用

そのHH-60Gは、敵兵に見つかって携帯式地対空ミサイルを撃たれた場合に備えて、ミサイル接近警報装置や、おとりを投射するためのフレア・ディスペンサーまで装備している。後者は戦闘機なら機体内部に格納するところだが、速度が遅いヘリコプターではディスペンサーの箱が外付けになっているので、とても目立つ。もちろん、レーダーによる被探知を知るためのレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)も備えている。

中央下部、降着装置の脇に無理矢理(?)取り付けられた四角い箱が、AN/ALE-47チャフ/フレア・ディスペンサー

さらに、ITとは縁もゆかりもない装置だが、エンジン排気についても外気を使って冷却して、少しでも赤外線誘導ミサイルに探知されにくいようにしようと工夫している。

こんな調子なので、救難ヘリコプターというのは案外と値の張る装備である。そして、そのヘリを操るパイロット、あるいは実際に現場に乗り込んで救出やケガの手当てを担当する救難降下員の養成には費用も時間もかかる。しかし、もし脱出する羽目になっても助けに来てくれる、という希望がパイロットにとっての心の支え、士気の源泉であるのも事実だ。

そして、CSARに備えて用意している機材は、民間向けの救難活動でも役に立つことが多いものなのである。もっとも、地対空ミサイルが飛んでくるようなことはないだろうが。