今回は「ちょっとブレイク」ということで、あらためて、筆者お薦めの施設を1つ紹介したい。本連載の第43回でも言及したことがある、「国立暗号博物館(National Cryptologic Museum)」だ。リンク先のURLを御覧いただければおわかりの通り、運営しているのは米国家安全保障局(NSA : National Security Agency)である。

場所はDCとボルティモアの間

NSAの本部はメリーランド州内の陸軍基地、フォート・ジョージ・G・ミード(普通はフォート・ミードと呼ばれる)にある。国立暗号博物館は、そのNSA本部の敷地に隣接した場所、295号線(ボルティモア・ワシントン・パークウェイ)と32号線の立体交差脇にある。

大ざっぱに言うと、ワシントンDCとボルティモアのほぼ中間。だから、DCだけでなくボルティモアから訪れてもよい。ここから32号線を南東に進めば、海軍士官学校があることで有名なアナポリスに行けるので、アナポリス観光とワンセットにするのも良さそうである。

なお、日曜・祝日は休館であり、開館時間には注意したい。こういうところからしてもう、普通の観光客は相手にしていないという雰囲気が伝わってくる。もっとも、普通の観光客は「国立暗号博物館」に行こうとは思わないだろうけれど。

筆者がここを訪れたのは2000年11月のこと。公共交通機関はないので、ワシントンDCでレンタカーを借りて行った。295号線を走り、DCの市内から1時間かそこらで到着する。

テーマがテーマだけに、むやみに多数の人が見学に訪れるということはない。筆者が訪れた時は、他の訪問者の姿を見なかったぐらいである。暇なスタッフ(たぶんNSAの職員かOB)につかまると、いろいろな話を聞かされることになりそうだ。

本物のエニグマが置いてある

暗号博物館だから、暗号機と暗号解読にまつわる話が主体である。そして、NSAの表芸である通信傍受の関係だろうか、古い通信機の展示もいくらかある。通信傍受と暗号解読を本業とするNSAが運営している博物館なのだから、内容の充実ぶりは推して知るべし。

まず、独立戦争の時に使われていた換字暗号機「ジェファーソン・リング」のような古典的な機材がある。機材だけでなく、暗号そのものの仕組みや歴史について知ることもできるのは当然だ。なお、こうした古い収蔵品については「写真撮影時にフラッシュを使うべからず」である。注意しよう。

そして、第2次世界大戦中にドイツ軍が使っていたエニグマ暗号機は何台もある。また、そのエニグマ暗号を解読するために使われた鍵探索装置「ボンベ」の現物もある。

国立暗号博物館が収蔵しているエニグマ暗号機のうちの1つ

それどころか、日本海軍が開発して外務省で使っていた「九七式欧文印字機」の現物がある。確かこれは、ベルリン陥落の時に日本大使館の敷地に埋められたものを掘り出したという一品だ。このほか、どこから入手したのか日本軍の暗号帳、さらには日本版エニグマとでもいうべき「三式換字機」なんていうものまであったので仰天した。

国立暗号博物館が収蔵している九七式欧文印字機

どこから入手したのか、日本軍の暗号帳まで置いてあった。見ての通り、4桁の数字暗号である

さらに仰天したのは、何台も展示してあるエニグマ暗号機のうち1台は展示ケースの中に入っておらず、訪問者が触れることができる状態にあったこと。そうなれば当然のように触ってみるわけだが、ローターをいくつも機械仕掛けで回さなければならないので、キーを押すのにえらく力が要るのが印象的だった。

キーを1つ押す度に「ぐわちゃこん!」という感じでローターが1つずつ回るのだから、確かに力が要るというものである。パソコンのキーボードみたいにテキパキとタイピングするなんてトンでもない話で、1文字ずつしっかり確認しながらキーを押し込む使い方になったのではないだろうか。そもそも、タイプミスをすれば、最悪の場合は国家の命運に関わる事態を引き起こすのだから、慎重にならざるを得ない。

エニグマの鍵探索に使用した「ボンベ」の現物

また、同時期に米軍で使っていた暗号機もいろいろ展示されている。エニグマに比べると話題になることは少ないが、昔の機械式暗号機の現物を見ることができるというだけで、この分野に興味がある人にとっては天国のようなところだ。

冷戦期以後の展示もいろいろ

もちろん、こうした「クラシック」系の品物だけではない。暗号解読や通信傍受に従事した人々にまつわる展示もある。例えば、北朝鮮に拿捕された通信傍受艦「プエブロ」に関する展示がある。なにしろNSAが運営している博物館だから、"NSA Hall of Honor," と題して、傍受や解読に従事したNSA職員を顕彰することになるわけだ。表に話が出て来ることは多くないが、通信傍受活動では意外と犠牲者が出ている。

さらには、アメリカ政府の要人が使っていた秘話電話機「STU-I」「STU-II」などの現物、NSAで暗号解読に使っていたクレイ・スーパーコンピュータの現物なんてものも登場する。「世界で最も高価な椅子」と呼ばれたアレだ。

それほど規模が大きな博物館というわけではないが、珍しい収蔵品や展示のオンパレードだから、戦史や暗号に興味がある人なら楽しめること請け合いである。特に力が入っているのは第2次世界大戦期から冷戦期にかけての展示だが、最近では情勢の変化を受けて、サイバーセキュリティ分野の展示も増えているようだ。

そして、ここにはちゃんとギフトショップも設けられており、さまざまな「NSAグッズ」を売っている。ここで買ってきた「NSAマグカップ」や「NSAトートバッグ」は、今も拙宅におけるコレクションの一翼に連なっている。おそらく、ここ以外では入手できないものばかりだろうから、買ってくれば話の種になること間違いなし。