前回は、ジェット・エンジンに推力偏向装置を組み合わせることのメリットと、それを実現するための具体的な方法について話したところで終わりになってしまった。そこで今回はその続きを。

パイロットの手足は2本ずつしかない

普通、飛行機を操縦する時は両手両脚を使っている。右手で操縦桿を、左手でスロットル・レバー(エンジンの推力を加減する)を持ち、両脚はそれぞれ左右のラダーペダルを動かす。これでもう余分な手足はない。

昇降舵・方向舵・補助翼を動かすだけなら、これで対応できる。しかし、推力偏向機構が加わったらどうするか。それを操作するための手足はない。両脚を使うのは難しそうだから、左右いずれかの手を離して、推力偏向ノズルを動かすためのレバーを操作しなければならない。

前回に引き合いに出したハリアーみたいに、離着陸時にのみ推力線の向きを変えるというなら、まだいい。しかし、戦闘機が推力偏向ノズルを最も必要とするのはドッグファイトの最中だ。そんな忙しい時に、例えばスロットル・レバーから左手を離して推力偏向レバーを操れといっても無理がある。

どっちでやればいいの?

もっと面倒な問題もある。普通なら、「機首上げ = 操縦桿を引く」「左旋回 = 操縦桿を左に倒しながら左のラダーペダルを踏む」といった具合に、操縦操作の方法は決まっている。ところが、そこに推力偏向が割り込んでくると、例えば排気ノズルを下に向ける方法「でも」機首上げはできる。

すると、操縦桿による操作と推力偏向による操作と、どちらを使うほうがいいのか。両者を併用するほうがいいのか。併用するとしたら何をどれぐらい動かせばいいのか。推力偏向に合わせてスロットル・レバーでエンジン出力をどこまで上げるのか。こうしたことをいちいち考えなければならなくなる。

そこで操作を間違えて、もしもコントロール不可能な状態になってしまったら、目も当てられない。機動性を高めて戦闘機の生き残りを図るための推力偏向機構が、かえって危険な存在になりかねない。

だから、推力偏向機構を組み合わせた戦闘機では、動翼(操縦翼面)とエンジンの推力と推力偏向ノズルの向きを全部パイロットの手作業で制御させよう、なんていう無茶はできない。飛行制御コンピュータが面倒を見て、その時点で最適と思われる制御をしなければならない。

なお、垂直離着陸を行える機体にも似たような話がついて回る。昔はコンピュータで制御というわけにはいかなかったからパイロットに頑張ってもらうしかなかったが、今はコンピュータ制御化することで操作が楽になった。F-35BやV-22オスプレイがそれだ。

具体的な制御の内容は?

まず前提として、飛行制御コンピュータは機の状態を常に正確に把握していなければならない。つまり、速度、高度、姿勢といったデータである。速度はピトー管から得られるし、高度は高度計で得られる。姿勢もジャイロスコープを使って把握できる。

そして、パイロットによる操縦操作は、推力偏向ノズルを持たない機体と同じにする。繰り返しになるが、右手で操縦桿、左手でスロットル・レバー、両脚はそれぞれ左右のラダーペダルを動かす。それによって「機体をこういう風に動かしたい」という意思を飛行制御コンピュータに伝達する。

それを受けた飛行制御コンピュータは、最適な手段を選び出して、動作に関する指示を出す。例えば、同じ機首上げの操作でも、速度が遅ければ動翼の効きは悪いだろうから、推力偏向を優先的に使うほうがいいだろう。逆に、エンジンの推力を絞っていたら推力偏向の効きは悪くなるから、その分だけ動翼を使うほうがいいかもしれない。

どの動翼をどちらにどれだけ動かすか、推力偏向ノズルをどちらにどれだけ動かすか、どちらを優先的に使うかといったことを、さまざまな飛行の場面ごとにプログラムしてやる必要がある。それが、X-2で開発テーマに挙げている「推力・飛行統合制御」である。

この場合の「推力」とは、推力偏向ノズル(X-2の場合はパドルだが、意味は同じだ)の操作を意味している。「飛行」は通常の飛行機と同じ動翼の操作を意味している。その両方を飛行制御コンピュータの制御下において、パイロットの意思通りに機体が動いてくれるような制御則とソフトウェアを開発する。それが「推力・飛行統合制御の開発」である。

もちろん、バグがあって「右に向けたいのに左を向いた」とか、「効くはずだと思ったのに効きが悪くて動きが鈍い」とかいうことになったのでは困る。バグか原因で貴重な実験機が墜ちたら大問題だ。だから、実機を造って飛ばす前に、地上にテストリグを設置してソフトウェアの開発や検証をやる必要がある。

テストリグとは、エンジンや動翼のメカ一式をフレームに組み付けて、飛行制御コンピュータで動かせるようにした試験装置だ。そして、操縦装置からいろいろな操作を指示したり、速度・高度・姿勢といった飛行諸元の入力値を変えたりしつつ、制御がちゃんとできるかどうかをテストする。その段階で致命的なバグをつぶしておかないと、安心して実機で飛行試験を行うことはできない。

機械的な仕組みと違い、飛行制御コンピュータのソフトウェアという目に見えないものが相手だから、動きが直接目に見えるわけではない。そこで、テストリグを造って試すわけだ。たぶん他の業界でも、コンピュータで機械を制御するためのソフトウェアを開発する際は、似たようなことをする場面があるのではないだろうか。