令和時代の企業活動において、採用ブランディングは重要な戦略の1つです。優秀な人材を確保し、組織を成長させるためには、単なる採用活動にとどまらず、企業の魅力を適切に発信し、求職者との接点を強化することが求められます。 そこで鍵になるのが採用ブランディングです。本稿では、経営者、PR担当者、人事担当者の方々に向けて、採用ブランディングの全体像と具体的な取り組みについてわかりやすく解説します。

令和時代の採用環境と課題

日本が直面する社会的課題の1つとして「2025年問題」が現実のものとなりつつあります。特にサービス業や医療・福祉業界での人手不足が深刻で、優秀な人材確保に向けた企業間の競争が激化しています。

また、デジタル化の進展により、SNSや口コミサイトを通じた企業評価が瞬時に広まり、採用活動にも大きな影響を及ぼす時代となりました。こうした環境の中で、企業が人材を持続的に確保するためには、求人広告や採用活動だけでなく、自社のブランド価値を高めるブランディング活動が不可欠です。

「採用広報」と「企業広報」の役割から考える採用ブランディングの重要性

「採用広報」とは、求職者に対して企業の魅力を伝え、採用につなげるための情報発信活動です。一方、「企業広報」は、顧客や投資家、従業員、さらには社会全体といった多様なステークホルダーの人たちに向けて企業のブランドやビジョンを発信し、中長期的な信頼関係を築く活動です。

近年、多くの企業が採用広報に力を入れ始めています。しかし、採用における母集団形成の主流はいまだ求人広告や人材紹介であり、いくら仕事内容、職場環境、福利厚生などに魅力があったとしても、企業が十分に認知されていなければ、求職者に情報が届かないですし、仮に広告や紹介を通じて会社に興味を持ってもらったとしても企業の情報が分からなければ、関心を持ってもらうことが難しく、離脱につながってしまいます。

そのため、企業の存在を認知させ、関心を持ってもらう広報活動が重要です。企業ブランドを適切に発信することで、求職者の関心を引きつけ、結果的に応募へとつなげることができます。

すなわち、これは採用ブランディング戦略の根幹といえるでしょう。さらに、これを効果的に実現するためには、企業の魅力を明確にし、一貫したブランドメッセージを発信する採用ブランディングの視点が不可欠です。効果的な採用活動を実現するためには、短期的な採用広報だけでなく、長期的な視点での企業広報にも注力する必要があります。

企業広報は、企業の将来性や取り組み、経営者の想い、現場で働く社員の声などを発信し、求職者、ないしは将来応募してくれるかもしれない人に対する興味の惹きつけやファン化を促進します。

ブランド力のある企業は、優れた人材を引き寄せるだけでなく、社員の定着率やエンゲージメント向上にも寄与し、最終的には業績向上や競争力強化につながります。このため、企業広報と採用広報をバランスよく組み合わせながら、長期的な視点で採用ブランディングを強化することが求められます。

  • 令和時代の採用ブランディング 第1回

    「採用広報」と「企業広報」の役割

採用ブランディングの構築

効果的な採用ブランディングの具体的な方法をポイントごとに解説します。

  • 令和時代の採用ブランディング 第1回

    採用ブランディングの構築ポイント

ポイント(1):採用環境における第一想起と自社の強みを定義する

採用ブランディングの第一歩は、自社の強みとブランドプロミスを明確にすることです。これにより、競合他社との差別化ができ、そのうえ上で「○○といえば、株式会社△△」という第一想起が明確になり、求職者に自社の魅力を経営方針に沿った形で伝えられます。採用環境における第一想起策定のポイントは以下の通りです。

  • 企業のミッション・ビジョンを明確にする

  • 社員の声を収集し、リアルな働きがいを言語化する

  • 採用したいターゲット層のニーズと自社の強みを結びつける

ポイント(2):採用市場でのポジショニング戦略

競争の激しい採用市場では、他社との差別化が重要です。例えば、単にIT企業ではなく、「社会課題を解決するIT企業」と打ち出すことで、求職者に強い印象を与えることができます。

ポジショニングを明確にすることで、企業の独自性を打ち出し、求職者にとって魅力的な選択肢となることができます。そのためには、「事業競合」と「採用競合」の違いを理解することがとても重要です。

事業競合は、製品やサービスを通じて同じ顧客層をターゲットにする企業間の競争。売上や市場シェア拡大を目的とし、顧客ニーズの満足度が重視されます。

一方、採用競合は同じ職種やスキルを必要とする人材確保における企業間の競争。特にエンジニアや営業職などでは業界を超えた競争が発生するケースもあります。

このように、それぞれの競合の性質を切り分けることで、ターゲットに応じた効果的なメッセージを発信できます。例えば、事業競合に対しては製品やサービスの差別化を訴求し、採用競合に対しては経営者の想い、企業文化、働く魅力(職場環境や福利厚生など)を訴求するといった具合です。

採用競争に勝つためには、求職者が「ここで働きたい」と思えるような理由を明確に伝えることが不可欠です。

選ばれる企業になるための施策

採用後の社員満足度を高めることは、企業ブランドの維持・強化にも直結します。企業が取り組むべき施策としては、以下のポイントが挙げられます。

  • 令和時代の採用ブランディング 第1回

    選ばれる企業になるための施策

1. エンゲージメント向上の取り組み
定期的なキャリア相談や育成プログラムを通じて、社員のスキルアップを支援したり、社内コミュニケーションを活性化させ意見交換や交流イベントの機会を創出したりしながら、社員同士の信頼関係を深めることが重要です。

2. 「働きがい」と「働きやすさ」のバランスを見直す
近年、「働きやすさ」の向上が進む一方で、「働きがい」が軽視されるケースも見られます。特に若手社員は「働きやすいが成長を感じられない職場」に不満を抱きやすく、これが離職の原因となることもあります。私の周りでも、「新卒で入社した会社がホワイト企業過ぎた。もっと成長したいから転職することに決めた」という若者もいます。両者のバランスを適切に保つことが、人材流出を防ぐことにつながります。

3. トレンド・若者の意識変化を捉える
若手社員は、単に働きやすい環境だけでなく、自己成長の機会や良好な職場の人間関係を重視する傾向が強まっています。こうしたトレンドに応じ、企業側は次のようなさまざまな取り組みを進める必要があります。

  • フレックスタイム制やリモートワークの導入により、従業員の自律的な働き方を実現
  • 研修制度の充実に力を入れ、従業員のスキルアップや自己成長の機会を提供
  • 良好な人間関係の構築に注力し、意見を言いやすく、安心して働ける職場環境を整備

インナーブランディングとアウターブランディングのシームレス化

インナーブランディング(社員向けのブランディング)とアウターブランディング(求職者・顧客向けのブランディング)は、一貫したメッセージを発信することが重要です。例えば、社内では企業理念や価値観を浸透させ、社員がブランドを体現できる文化を醸成することが求められます。一方で、社外にはそのブランドの魅力を積極的に発信し、求職者や顧客が共感しやすい情報を届けることが大切です。

これら2つにおいて、企業のブランド価値が一貫性を持つことで、社員のエンゲージメント向上と採用力強化の向上につながります。インナーブランディングとアウターブランディングを統一させるためには、以下のポイントを押さえると良いでしょう

  • 自社のビジョンやミッションを明確にする

  • 社内外のコミュニケーションを設計する

  • 社員のフィードバックを定期的に収集する

企業のブランド価値を高めるためには、社員自身が会社の魅力を発信できる環境を整えることが重要です。例えば、社員が実際に働く中で感じるやりがいや文化を、SNSや採用サイトで紹介することで、求職者にとってリアルな企業の姿を伝えられます。

また、社員の活躍を社内外で評価する仕組みを整えることで、企業への愛着が生まれ、自然と魅力が伝わるようになります。そのために、次のような取り組みが有効です。

  • 社員が関われるイベントやプロジェクトを実施し、主体的に企業の価値を発信する機会を作る

  • 社員インタビューやストーリーをSNSや採用サイトで発信し、リアルな働き方を伝える

  • 内部表彰や評価制度を設け、企業への貢献を正当に評価することで、ブランドへの誇りを醸成する

こうした取り組みによって、企業の魅力が社内外に伝わり、結果的に求職者にとって魅力的な企業として認識されるようになります。

メルカリの事例

メルカリは、企業文化の浸透と社員のエンゲージメント向上を重視した採用ブランディングを推進しています。同社は「People Branding」というチームを設立し、インナーブランディングとアウターブランディングを一体化させることで、優秀な人材の獲得と定着を実現しています。

1. 社員のブランド意識を高める「インナーブランディング」

社員が企業理念を理解し、ブランドを体現できるような文化を醸成するために、以下の施策を実施しています。

  • 「メルカリのバリュー」を基軸とした企業文化の発信
    社内の行動指針として「Go Bold(大胆に挑戦する)」「All for One(チームで成果を出す)」「Be a Pro(プロフェッショナルである)」の3つのバリューを定め、それを社内外に積極的に発信。社員がこの価値観を共有し、企業ブランドの一貫性を保つ仕組みを構築しています。

  • 社内情報共有メディア「メルカン」の活用
    社員インタビューやプロジェクトの裏側を紹介するオウンドメディア「メルカン(Mercan)」を運営。社員の働き方やキャリアストーリーを発信し、ブランドの透明性を高めるとともに、外部の求職者にリアルな企業文化を伝えています。

2. 採用ブランディングと企業ブランディングの統合

採用ブランディングを単なる採用活動にとどめず、企業のブランド価値向上と連携させることで、求職者への認知拡大を図っています。

  • 「メルシーボックス」制度による柔軟な働き方のサポート
    社員の多様なライフステージに対応し、育児・介護・パートナーシップなど、個々の事情に合わせた働き方を支援する制度「メルシーボックス」を導入。これにより、ワークライフバランスを尊重する企業文化を確立し、求職者に対して働きやすさを具体的にアピールしています。

メルカリは、採用活動だけでなく、企業のブランド価値を高める施策を継続的に実施することで、求職者の認知拡大とエンゲージメント向上を実現しています。社員が自発的にブランドの価値を体現し発信できる環境を整えることで、長期的な採用戦略の成功につなげています。

まとめ

採用ブランディングは、単なる採用活動にとどまらず、企業の価値そのものを高める戦略的な取り組みです。

令和時代の変化する労働市場において、企業内外で一貫性を保ったメッセージを発信し、ブランドアイデンティティを形成し続ける企業が、優秀な人材を惹きつけ、選ばれる企業であり続けることができるのです。

今回、紹介したポイントを実践し、採用活動を次のレベルへと進化させていきましょう。