取材を断りました。
「神奈川県の鎌倉周辺にIT企業が集まり、盛り上がりを見せているらしい。これについてコメントが欲しい」と、あるお洒落系FMラジオ局より依頼がありましたが、得意分野ではないからと丁重にお断りしました。番組スタッフは「なぜ、鎌倉でITなのか」と食い下がるので端的に回答します。
「東京に近いから」
鎌倉周辺の企業が集まり「カマコンバレー」というプロジェクトが立ち上がっています。鎌倉とシリコンバレーを組み合わせたネーミングで、公式サイトを見ると地域振興的な要素も含まれており、頑張って欲しいと願っています。
しかし、地方都市=東京都心以外で同様の「シリコンバレー化」への取り組みは数多く、福岡県飯塚市や京都府南部、長野県塩尻市、沖縄県にもあり、島根県の松江市の例では2006年にプログラミング言語の名前を冠した「Ruby(ルビー)の街」を宣言しております。
その中で、比較的「新参」といえる鎌倉が取り上げられるのは、主要マスコミの都合に過ぎません。東京からの移動距離が短く、「古都とIT」の組み合わせで見出しが打てて、何より「大仏」や「湘南の海」という「絵」があるからです。
日本のIT企業は「マスコミ」の力で成長する事例が多く、そもそもシリコンバレー出身企業と創業理由が異なる……という説明に、「企画にあわない」と理解されたようで、諦めてくれました。
シリコンバレーとは何か
実は、シリコンバレーという"地名"はありません。サンノゼやマウンテンビューなど、幾つかの市にまたがっており、在サンフランシスコの日本国総領事館のサイトによれば、東京都の約2.2倍にもなる広大なエリアを指します。
成り立ちは諸説ありますが、同エリアにあるスタンフォード大学との連携も手伝い、半導体製品を開発製造する企業が集まったことから、いつしかそう呼ばれるようになったようです。
その後、Apple、ヤフー、グーグル、FacebookなどのIT企業が、この地で生まれ世界へと羽ばたいていきます。独自のOSを提供し続けるAppleやネットという大海原の地図を作ったYahoo!、さらに「検索エンジン」を構築したGoogle、人の繋がりを可視化したFacebook……。
挙げれば切りが無いほど、シリコンバレー出身のIT企業は技術や独自性を持っており、それらの創業者の大半が技術者で、あのスティーブ・ジョブズ氏も高校生の頃、ヒューレット・パッカードのインターンとして働いていました。
さらにFacebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏は、上場した年の目標が「毎日、プログラミングコードを書く」としていました。では、「和風シリコンバレー」はどうでしょうか。
日本のそれは違う
エンジニア出身の創業者は圧倒的に少数派です。2007年発刊の古い資料になりますが、当時新興市場に上場した社長を紹介した『マザーズ族新規上場41人の素顔(渡辺仁著、光文社)』をめくると、創業の理由は「商社の子会社での経験」「ビジネスコンテストで優勝」などとあり、最も多かった理由が「起業したかった」というものです。その後、最年少上場として話題となった、リブセンスの村上太一氏も同じ理由を語ります。
営業利益1000億円を突破した「楽天」もそうです。『楽天の研究(山口敦雄、毎日新聞社)』によれば、阪神大震災に衝撃を受けた三木谷浩史氏が、天下の大銀行を辞めて起業したときは「コンサルタント」でした。
これがすぐに行き詰まり、次の展開として考えたビジネスプランが「地ビール」「パン屋」「ショッピングモール(楽天)」の3つで、最右翼は「地ビール」だったといいます。
つまり、核になる技術やサービスから創業されたのではなく、金を生む技術やサービスから起業した「シリコンバレー0.2」なのです。ミクシィが、求人サイトからSNS、そしてゲーム会社に業態転換していったことに象徴されます。
ジャパニーズドリームの背景
知名度向上の背景も異なります。Googleはネットユーザーの強い支持に加え、有力ポータルサイトが検索エンジンに採用して注目を集め、Facebookは主要大学の学生をユーザーとして獲得しプレゼンスを示しました。
一方、いまや日本のIT企業を代表するといっても良い「楽天」は、創業初期の早い段階から三木谷浩史氏はマスコミ露出を繰り返していました。かつて対抗馬だった「ライブドア(旧)」の創業者も「マスコミの寵児」となり成長を加速させた果てに暴走し、今年に入りマザーズ市場に上場した、鎌倉を牽引する「カヤック」にしてもそうです。日本の成長したIT企業と「マスコミ」との関係性は切り離すことなどできません。
これを卑下するものではありません。最先端の技術や斬新な発想がなくても事業は創造でき、既存のサービスを改良することで巨万の富を得る。即ち「ジャパニーズドリーム」を手にできるとは、文字通り夢のある話しではありませんか。
また、日本にシリコンバレーができないとは言いません。先に紹介した「Rubyの街」の島根県松江市では、産官学が連携しており、活発な交流が続けられています。
「Ruby」とは松江市在住の「まつもとゆきひろ」氏が生み出し、世界中で使われているプログラミング言語で、この活動こそ「日本版シリコンバレー」に近いといえます。ただし、東京のマスコミにとって、松江は遠く、スポットライトが当てられることは希であることが現状です。
エンタープライズ1.0への箴言
マスコミ主導で「グーグル」は生まれない
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」