自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や消費者の買い控えなどが背景にある。しかし、B to C(対個人取引)企業や大企業と違い、中小企業やB to B(対企業取引)企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小やB to B企業も出始めている。この連載では、ITを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。

第8回は、これまで多くの企業のネットブランディングやマーケティングを手掛けてきた全研本社の 本村丹努琉(もとむら・たつる)・バリューイノベーション事業部長に、成功のカギを聞いた。 本村氏はネットブランディングについて「インターネットだからこそ、ターゲットの絞り込みが重要だ」と強調する。聞き手はジャーナリストの日高広太郎氏。

全研本社株式会社 eマーケティング事業本部 バリューイノベーション事業部長 バリューイノベーション事業部 本村 丹努琉(もとむら・たつる)
通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、13年間で約7000社のインサイドセールスを構築した。

ポイント

①地域に応じた検索ができるようになるなどネット技術は進歩。絞り込みの重要性が増す
②ネット情報には信頼性が不可欠。参考文献や専門家の監修を通じて選ばれる情報に
③検索数だけに惑わされず、競合他社の数や強さなど市場の需給関係を調べる必要
④報道と広告、ネットのメディアミックスで企業ブランディングを

日高:これまで多くの企業のインターネットを通じたブランディングについてインタビューをしてきました。これまでの経験から、企業のブランディングがどのように貢献すると考えていますか。

本村:インターネットが普及し、多くの人たちがスマートフォンなどで簡単に無数の情報へアクセスできるようになりました。一方で情報があふれているために、企業が自社の情報をネットに掲載しただけではユーザーに認識されない状況です。

私はブランディングを「自社の存在や自社のサービス、商品を認識してもらうことが大きな目的の1つだ」と考えています。ブランディングを通じてマーケットで特定の地位を築くことができれば、大量のネット情報の中から自社の情報を選んでもらえます。欲張りすぎず、自社が「勝てる領域」を意識してブランド作りをすれば、売り上げ増にもつなげられるでしょう。これまでインタビューしてきた複数の中小企業やB to B企業が、地域やサービスの領域などを絞り込んだブランディングで成功しています。

日高:ネットは広域でのマーケティングというイメージがありましたが、成功のカギは、むしろターゲットの絞り込みにあるということですね。

本村:背景にはインターネットの技術の進歩があります。例えばスマホで何かを調べる場合、検索サイトは自分がいる場所周辺の情報を優先して結果を表示します。位置情報を活用したアルゴリズムが検索サイトに搭載されているためです。

例えば、個人向け住宅の建設を手掛けるロゴスホールディングス(札幌市)は、「北海道、函館の注文住宅といえばロゴス」と思ってもらえるよう、ターゲットのエリアやユーザーを絞ってブランディングを成功させました。地域のイベントにも積極的に参加し、SNSを活用して内外に発信しています。消費者も注文住宅を手掛けている数百もの企業すべてに相談するわけにはいきません。ターゲットを明確にして「コストパフォーマンスの高い北海道の注文住宅メーカー」というブランディングをすることにより、消費者の選択肢に入りやすくなったことが、同社の業績拡大につながっています。

日高:インターネットが普及した今も新聞、テレビなどといった従来型のメディアの影響力はなお大きいように思います。ネットと従来型メディアの違いを具体的にどう考えますか。また、どう使い分ければ良いと思いますか。

本村:確かに、今も企業の知名度を上げる大きな手段はテレビCMや新聞広告です。特にテレビCMは多くの視聴者向けに大まかな企業のブランディングをするのに役立ちます。テレビは視聴者が受け身でも大量の情報を送ってくれるからです。

一方でネットは個人が自ら検索ワードを打ち込んで調べる能動的な手段です。このため、商圏やサービスの領域、対象とするターゲットを絞ってブランディングすることが必要です。

日高:フェイクニュース(偽情報)の拡散が問題になったこともあり、インターネットは不正確な情報が氾濫しているというイメージがいまだに残っています。もちろん、従来型メディアも間違った情報を出したことが何度もありますが、ネット上の情報への信頼性はより低いと思っている人が多いようです。

本村:ネット利用者は情報の正確性をより吟味するようになってきています。このため、自社の情報を掲載する場合は、根拠をより明確にする必要があります。例えば参考文献を明記したり、専門家に監修してもらったりして、ユーザーを納得させることが大事です。体験に基づく生々しい情報もプラスになることがあります。信頼できる情報だと思ってもらえれば、ネット上に氾濫するたくさんの情報の中で選ばれやすくなります。掲載した情報を信頼してもらい、商品やサービスに関心をもってもらえれば、SNSなどでの前向きな情報拡散や自社の売り上げにつながっていく可能性が高まります。

例えば、カーエアコンのクリーニングやキッチンカーなどの事業を展開するクリーンデバイス・テクノロジー(東京・港区)は、お笑い芸人の小島よしおさんを自社のイメージキャラクターに起用し、PR活動を実施しています。企業として小島さんのような知名度があるタレントさんを起用できていることが、消費者やフランチャイズの方々に安心感や信頼感を与えているそうです。

  • クリーンデバイステクノロジーが展開するキッチンカー

日高:インターネットはマーケティングの世界でも多く利用されています。例えば、ネット検索の数を調べて需要動向を判断し、事業に参入するかどうかを決める手段の1つにする企業もあるようです。

本村:ブランディングやマーケティングを成功させるには、検索数だけを重視しないことが大事です。例えば個人向けの注文住宅の販売・開発を手掛けるリブランド(大阪・吹田)は、「子供が賢く育つ家」という企業イメージを発信して成功しました。

「子供が賢く育つ家」というキーワードは検索数だけでいえば決して多くありません。しかし、実際には多くの親は「子供を賢く育てたい」と考えています。特にリブランドが事業を展開している大阪府の北摂エリアは教育熱心な方々が多く住んでいることで知られています。このように「需要が多い」という仮説が立てられるのであれば、その事業にチャレンジする価値は十分あります。ネットの検索数が少ないということは、競合他社が少ないブルーオーシャン(未開拓市場)の可能性もあるからです。

  • リブランドが開発した住宅

日高:これまで多くの成功例を伺いましたが、インターネットブランディングの失敗はどのようなケースが考えられますか。

本村:かつて「敏感肌基礎化粧品」というキーワードで自社のブランディングやマーケティングを実施した企業がありましたが、うまくいきませんでした。敏感肌基礎化粧品は強力なライバル企業がひしめくレッドオーシャン(競争が激しく、収益をあげるのが難しい市場)だったからです。

このため、「50代の方々に向けた敏感肌の基礎化粧品シリーズ」という商品イメージを打ち出し、成功することができました。50代の基礎化粧品をうたっている商品はたくさんありますが、「50代の敏感肌」にまで絞り込んでいる商品はなかったためです。「50代の敏感肌の方向けの基礎化粧品」は「一般的な50代の基礎化粧品」よりも需要は少ないかもしれません。しかし、その分、ライバル企業は少なく、成功しやすかったということです。ブランディングやマーケティングでは、こうした市場の需給関係を調べることも重要です。

日高:最後に全研本社のブランディングについて教えてください。

本村:当社は法人向けウェブメディアの制作・運営や海外人材の紹介などを手掛けています。ネット検索の「Google」、動画共有サイト「YouTube」といったインターネットの活用、展示会への出展はもちろんですが、「報道」にも注目しています。インターネットメディアだけでなく、新聞やテレビ、雑誌などの従来型メディアにも取り上げてもらうことが重要だと考えています。

  • 全研本社の展示会(大阪市)

当社では今年から広報PR活動を強化しました。その結果、インドのIT人材の日本企業への紹介業務など当社の活動を日本経済新聞やNHKなど非常に多くのメディアに取り上げてもらいました。報道数の急増は、営業面でプラスになったほか、社内の士気向上にも大いに役立ちました。報道ですから、もちろんお金もかかりません。第三者が記事を書いているために信頼性が高いという特徴もあります。特に予算の限られる中小企業では「報道」「広告」「インターネットのブランディング・マーケティング」を効果的にミックスして実施することが重要だと考えています。

日高 広太郎

ジャーナリスト、コンサルティング会社 代表

1996年慶大卒、日本経済新聞社に入社。東京社会部に配属される。ドラッグストアなど小売店担当、ニューヨーク留学(米経済調査機関のコンファレンス・ボードの研究員)を経て東京経済部に配属。財務省、経済産業省、国土交通省、日銀、メガバンクなどを長く担当する。日銀の量的緩和解除に向けた動きや企業のM&A関連など多くの特ダネをスクープした。東日本大震災の際には復興を担う国土交通省、復興庁のキャップを務めた。シンガポール駐在を経て東京本社でデスク。2018年8月に東証一部上場企業に入社し、広報部長、執行役員等を務める。現在は独立し、ジャーナリスト、コンサルティング会社の代表を務める。