人生の転換点:イギリスで迎えた東日本大震災

先日、友人や知人と食事をしていた際に、「今までの社会人生活で、何が自分自身を成長させてきたのか?」という話になった。

ある友人は「責任ある役割の仕事をこなしてきた数」と言い、ある研究者の友人は「今まで書いた論文の数」と言い、別の知人は「仕事で関係をもった方と飲み会を開き飲んだお酒の量」と言った。立場によって、また社会での役割によって成長の方法は十人十色だと実感した日だった。

皆さんは、何が自身を成長させてきたと思いますか?

私は、改めて15年の社会人生活を振り返ってみて、「,全く違う環境に身を置き、新しい知恵に出会った回数」が自分の成長の源泉だった。

2011年3月11日、私はイギリスにいた。当時、日系の大手電機メーカーに勤め、海外赴任中だった私は、朝起きてテレビをつけBBCのニュース映像を見て言葉を失い、テレビにくぎ付けになったのを覚えている。すぐに実家や友人たちと連絡を取りあって無事を確認し、急いでオフィスに向かった。

それから1週間ほど、私は24時間体制でヨーロッパの生産計画と在庫状況また今後の販売状況を見ながら、日々アップデートされる情報のコントロールを担当した。聞こえてくる東北の状況に青ざめながらも、海外の別会社に部品を発注できないか、損失を最小限にする生産計画と販売計画の策定のために、オフィス内を動きまわり電話とメールでフル稼働だった。

少し落ち着いたころ、ふと我にかえった。「自分は、こんなことしていていいのだろうか」と。その頃から、「仕事の価値観」という言葉が自分の頭に占める割合が日々増えていったのを覚えている。自分の仕事は誰の何に役立っているのだろうか、また自分は誰の何のために働いていたいのか。

その思いは強くなり、3年間の海外赴任の任務を終えて日本に帰国した後に退社することを決め、ご縁あって岩手県釜石市に1年ほど移り住むことに決めた。震災から約1年半経った2012年夏のことだった。

そこでさまざまな方にお会いし、仕事の価値観、豊かな暮らしの知恵、自分の暮らしが誰によって支えられているのかなど、東京などの都心では得ることが難しい知恵を得ることができた。それと同時に、自分の力不足を感じ、次にむけた自分自身の成長の軸を得た滞在でもあった。

東北の地で得た「自分自身の成長の軸」に基づき、その後経営コンサルティング会社を経て独立し、セルムおよびファーストキャリアで人材開発領域の新規事業の立案と立ち上げを担当している。平行して、東北に関する新規事業の立ち上げ、およびポケットマルシェの取締役として経営に参画している。

これからの社会人に求められる3つの視点とは?

これからの時代において、社会人はいかに成長するべきか、また企業や団体の管理者はどのような人材開発の環境や制度を社員に提供するべきか。この課題に取り組むにあたっては、以下の3つの視点が重要になってくる。

(1)人生100年時代

私の父も65歳を超えているが、いまだに元気に働いている。シリコンバレーの起業状況について詳しい方に伺うと、40代~50代による起業が非常に多いのも驚きだ。以前の日本では、働き盛りと言えば30歳~40歳を指していたが、これからは確実に変わっていくと考えられている。今までのように若くして元気なうちに激しく働き、その後はゆっくりするという選択ではなく、人生トータルでのキャリア設計が重要になってくる。

(2) 社会の変化が激しい時代

技術の進化、サービスの進化が激しい時代を迎えているため、現在学んでいるスキルが将来役立つかについての見通しが立ちづらくなっている。リカレント教育という言葉が台頭しているとおり、自分自身のスキルをアップデートし続ける必要がある。

そうなると、スキルという点においては未来への投資と位置付けた学習や修行というスタイルはリスクが増すことになり、この瞬間に必要だと思うことに注力をすることへの合理性が増すと考えられる。

(3)先進国における高度に安定した社会

経済的な格差が問題にはなっているが、一定以上の所得を得る社会人にとって、人生に対する満足度は増していく傾向にある(参考図書:見田宗介著『「現代社会はどこに向かうか』)。物質的な欲求ではなく、より情緒的なものに対する価値が重要になる社会において、働く環境そのものについても給与や福利厚生よりも、働きがいやビジョンの重要性が増していく。

以上の3つの点を考慮すると、働く社会人にとって、またこれから働く学生にとって、成長のための行動としては「ビジョンに共感し、ご縁があった組織や環境で、長い社会人生活を考慮した上で、全力で頑張ること」の重要性が増していく。目の前の仕事から最大限学び成果を出すことによって次の仕事につながり、仕事で出会う1人1人との関係を築いていくことが重要になっていく。スティーブ・ジョブスがスタンフォード大学での講演の中で「Connecting Dots」という考えを発表したが、まさにその重要性が増していくと考えられる。

一方で、目の前の仕事からは、多様な考えを得るチャンスは多くないとも考えている。今いる環境から離れて、違う価値観に触れる。それが最初に私が申し上げた「全く違う環境に身を置き、新しい知恵に出会った回数」だと考えている。

これらを得られる環境として、セルムで「TEX」というプログラムを開発した。私が東北で得た経験、つまり日常の中ではなかなか得られない異なる仕事の価値観について深く考えられるような設計で企画運営している。岩手県陸前高田市でのプログラムでは、学生や社会人が立場を超えて仕事の価値観に触れ、語り合い、自分自身の経験を語る場だ。

次回は、TEXの開発の裏側や、そこでどのようなことが起きたのかを紹介する。

著者プロフィール

山口幹生


株式会社セルム 株式会社ファーストキャリア新規事業担当
株式会社ポケットマルシェ取締役、山口商店合同会社代表
東京大学運動会ラクロス部男子 ジェネラルマネージャー

東京大学経済学部を卒業後、大手電機メーカーの経営企画、RCF復興支援チームにて復興支援事業に従事。経営コンサルティング会社を経て、2017年4月に山口商店合同会社を設立。