イノベーションは重要であるがゆえに、それを正しく行うことは困難です。マッキンゼー社のレポート「What is innovation?」によると、80%以上の経営幹部がイノベーションはトップ3の優先事項であると答えています。その一方で、組織のイノベーションのパフォーマンスに満足していると答えた人は10%未満でした。イノベーションに精通している企業は、収益面で他の企業より高いパフォーマンスを達成しているとのこと。当たり前ですよね。

経済の不安定さ、気候変動による悪影響、世界の人口増など、先行きが見えないダウンタームな時代こそ、ChatGPTのようなイノベーションが求められますね。みなさんは、この"イノベーション"と聞くと、何が思い浮かぶでしょか?たぶん、一からの発明のようなイメージが浮かぶのではないかと思います。

BABYMETALもイノベーションである

筆者は小学校からピアノを習い、中学から現在までギターにどっぷりハマっており、音楽がとても好きです。特にロックをこの上なく愛しています。そんな音楽好きの筆者は、イノベーションというと、古くはYES、GENESIS、Rush、Pink Floydといったプログレッシブ・ロック、最近ではBABYMETALが思い浮かびます。

プログレッシブ・ロックは、ロックとジャズやクラッシックの音楽ジャンルの結合です。紅白にも登場したBABYMETALは、ロック、ダンス、アイドル、日本の伝統などの複数の要素を結合しています。BABYMETALはよく企画したと感心します。この結合が、イノベーションのヒントです。関係ないですが、BABYMETALは今年活動を再開しまして、なんと新メンバーは博多華丸・大吉の華丸さんの娘さん!

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有名な話として、経済学者のヨーゼフ・アロイス・シュンペーター氏は、初期の著書『経済発展の理論』おいて、イノベーションではなく「新結合(neue Kombination)」という言葉をイノベーションの意味で使っています。

ちなみに冒頭のマッキンゼー社のレポート「What is innovation?」では、「イノベーションとは、画期的な製品やサービスを開発し、顧客に採用してもらうためのマーケティングを組織的に行うことである」と狭い意味で使っています。マーケティングを行うことがイノベーションと言われると、マーケティング領域にいる筆者はなんかうれしくなります。

そして、こうも述べています。「ビジネスのコンテキストでは、イノベーションとは、顧客のために新しい製品、サービス、プロセス、ビジネスモデルを構想し、開発し、提供して、拡張する能力である」(筆者訳)。新しいモノやコトを生み出す能力だそうです。手段としては、新結合なのでしょう。

新結合がイノベーションを生み出す

私たちは、イノベーションというと発明のように何もない状態から何かを生み出すように考えがちですが、この新結合による新しい組み合わせで何か違うものを生むことができると考えると、気持ちが軽くなります。Apple社のiPhoneだって、新結合ですよ。コンピュータ、電話、そして、カメラを結合し、小型化・軽量化して、かっこよくしてありますよね。

イノベーションのためには、自分や組織が持っている知識やノウハウを、今持ってない何かと結びつけて、新しいものを作ればいいのです。ポイントは、自分に持っていないものをどう探し出すかです。イノベーションなんか自分には関係ないと思う方も多いかもしれません。しかし、新結合はイノベーションに限った話ではなく、皆さまの日々必要とされる創造性を発揮する場合にも有効です。

書籍『Ideafow使えるアイデアを無限に生み出す方法』(KADOKAWA 著者:ジェレミー・アトリーら)では、「創造性とは、最初に心に浮かんだ以上の何かをすること」と定義しており、それはアイデアを無限に生み出すことだと述べています。そのアイデアとは、実のところ頭の中にある2つのことを結びつけることとも指摘しています。創造性も新結合なのです。

新結合という点では、人との出会いや人とのつながりが大切です。書籍『リデザインワーク 新しい働き方』(東洋経済新報社 著者:リンダ・グラットンら)によると、人とのつながりは、強い紐帯と弱い紐帯があります。強い紐帯は、友人やいつも一緒に仕事をする仲間です。一方の弱い紐帯は会社の同僚、取引先、趣味のつながりがある知人などです。弱い紐帯はソーシャルメディアの浸透で劇的に増えつつありますね。

コロナ禍では自宅でオンラインでの仕事が多くなり、強い紐帯の人たちとつながる場面が多かったと思います。ただ、強い紐帯の人たちは同じような経験や考え方をする人が多いので、新結合が生まれにくいのです。弱い紐帯の人との結合が大事なのですが、そんな簡単には結合できないと思います。その書籍では、強い紐帯と弱い紐帯をつなぐ、境界連結者という役割の人がいると述べており、そのような人を見つけ出すことがポイントになるのだそうです。

また、ダイバーシティから発展して最近注目されているインクルージョン(包含)も、人の多様性を取り組んで活用することで、これもイノベーションのエンジンとしてはとても重要です。インクルージョンによって、組織内でアイデアや価値観、観方、経験が多様な人材で結合するからです。

失敗を恐れずにイノベーションを起こせ

実は、筆者も新結合を試したことがあります。それは、SAS Instituteに勤めていた時の「夏休み 親子でデータサイエンス」という企画です。この企画は、社内のサイエンスの知識を持つ実装グループの会社に対する満足度があまり高くなく、かつ、会社として社会貢献が必要になってきていたので、これらを一気に片付けようというところから始まりました。

この企画では小学生の夏休みの宿題を親子で仕上げてもらうのですが、仮説を立て、データを取得して、分析して、仮説を検証するというデータサイエンスの流れに沿って、親子で協力してポスターを作成してもらいます。仮説とデータ取得は事前にお願いして、イベント当日は実装部隊のスタッフが、分析と検証、そしてその結果のポスター作りをサポートします。子供たちは最初は訳が分からない状態にありますが、ポスターを作る頃になると目の色が明らかに変わってきて夢中になってくれました。

ここで筆者が組み合わせたものは、なんのことはない、統計局が毎年実施しているグラフコンテスト、学会であるようなパネル発表、表彰(金賞とその他全員に銀賞、参加した社員には銅賞)、そして、社員の持つデータサイエンスの知識です。それらを材料にちょちょちょいと組み合わせて料理をしました。

すごいイノベーションまでとはいかなかったかもしれませんが、いまだに継続されているイベントとして社内外の評判は良く、また、筆者はイノベーションを実践する良い練習になったと思います。創造性と呼ぶべきかもしれませんが。

また、筆者は主催や参加の経験がないのですが、ハッカソンもイノベーションを促進するための良い手段だと考えます。ハッカソンはハック(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた造語で、特定のテーマに対してプログラマなどソフトウェア開発の関係者がチームを組み、一定期間集中的にビジネスやサービスの考案を行い、プログラムを実装してその成果を競うイベントです。ハッカソンによって、チーム内やチーム間でアイデアや知識の新結合が促進されます。

ここまで説明してきたイノベーションですが、失敗への批判や不確実性、キャリアへの影響といった恐怖がイノベーションを麻痺させる可能性あります。イノベーションへのマインドにブレーキをかけてしまうからです。創造的なイニシアティブに報酬を与え、失敗を非難しない、心理的に安全な環境を作る必要があります。創造的な失敗を寛大に許すのです。

ただ、失敗からの学びは必要です。100%成功するイノベーションの取り組みなどは世の中にはなく、試行錯誤の連続です。Apple社のiPhoneは、Newtoneの失敗があったから今の成功があります。