デマンドジェネレーションが求められている

筆者の仕事であるB to Bのマーケティングの世界は、ここ数年で大きな変化と進化を遂げています。一言で表すと「デマンドジェネレーション(Demand Generation)へのシフト」です。デマンドジェネレーションとは、直訳すると需要創出で、マーケティングとしては当たり前の目的ですが、その実態は営業のために需要を創出して、案件を作成し、営業ゴールの達成に貢献することです。パイプラインとは案件の管理であり、営業活動における一連のフローをパイプに見立て、ステージを定義し、各ステージごとに最適な対応をして、案件獲得を目指す手法でもあります。

よくあるリードジェネレーション(Lead Generation:リード作成)は単なる案件の種を作ることです。一方でデマンドジェネレーションはリードジェネレーションも含み、その先のパイプラインを作成することなので、かなり大変なのです。組織やプロセスの改革、そして、より効果的なマーケティング活動が必須になります。

これは、マーケティングの売り上げへの直接貢献がパイプライン作成で求められるようになり、マーケティング投資に対してROI(Return on Investment:投資対効果)をしっかり上げろよ、と言うことです。マーケティングの大家セオドア・レビット氏の金言「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく"穴"である」がありますが、そのお言葉をお借りすると「営業組織が欲しいのは、マーケティングではなく"パイプライン"である」になります。これは、広報や宣伝などのマーケティングチャネルを担当してきた組織には厳しいですが、とてもよいシフトだと思っています。

ちなみに筆者は長年この分野を担当していますが、勤めた企業のほとんどでは、私のボーナスはどれくらいパイプランを作成したかに連動していました。ある企業では、そこから売上がどれくらい上がったかも指標に入れられていました。ボーナス獲得のために必死に質の高いパイプラインを作ったわけです。また、これによって、営業チームの一員がフロントオフィスの仲間という意識にもなれました。

筆者が以前勤めていた頃のマイクロソフトなどのグローバル企業でも、予算の半分くらいをブランド認知の活動に使い、残りは自社イベントや、メディア主催のイベントや企画でリードを作成するということが、マーケティング活動の中心でした。

いまだに「もっとブランド認知を上げくれ」という声は根強くありますが、ブランド認知への投資はROIが見えづらく、また、ブランドが広告で作りにくくなった時代なので、より直接的なデマンドジェネレーションへの投資の優先順位が高まっています。そして、営業でのマーケティングが作成するリードの質への疑問が広がり、「もっと質の高いリードを作成して、磨いてから、渡してくれよ」という声が大きくなったことも影響しています。マーケティングの人は、胸に突き刺さりますよね(笑)

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マーケティング組織に起きている2つの変化

このデマンドジェネレーションへのシフトに伴い、マーケティングの組織には2つの大きな変化が起きています。

1つ目は、本社機能を含めてマーケティング組織がトランスフォーメーションしているという変化です。Marketing Transformationです。この変化の中で、キャンペーンの企画や、マーケティングのチャネルごとに実行を担当するCoE(Center Of Excellence)、オペレーションのチームを本社機能に集約しています。

そして、事業部や営業する国にいるマーケティングは、フィールドマーケティングとして営業と連携しながら、本社の機能を使ってキャンペーンの実行をリードしていきます。そして、その実行から生成されるパイプラインに責任を持ちます。もちろんその事業部やその国のニーズを、本社機能にフィードバックするのも重要なミッションです。世界の人事組織でも同じような変化がHR Transformationとして起きています。

2つ目の変化は、新規のビジネス開発(実態は案件開発)を担当するBDR(Business Development Representative)が普通に配置されるようになったことです。組織によってはSDR(Sales Development Representative)とも呼びます。日本ではなぜか、BDRはマーケティングのリードをフォローして、SDRはアウトバウンドで見込み顧客にリーチするという役割になっていますが、世界的にはこの2つの違いはなく、最近では名称がBDRに集約されつつあります。

インサイドセールスがいる組織もありますが、インサイドセールスは内勤営業で、名前のとおり"売る"ことが仕事になります。営業とインサイドセールスがいる組織では、インサイドセールスは少額案件や追加案件の営業に責任を持つ場合が多いです。BDRやSDRは実際は売ることはしなくて、ひたすら営業の案件開発をします。

マーケティングが作成したリードは、何度かのマーケティング活動で磨かれた後、ある基準に達したものは、BDRが案件かどうかを確認(これをQualifyという)します。このBDRがメジャーになり、最近のLinkedInは転職サイトからBDRの売り込みサイトへ変わりつつあります(日本では対象者が少ないのでうまくいっていません)。ちなみに筆者はBDRおよびインサイドセールスの責任も持っていた経験があります。

デマンドジェネレーションを進めるために何をすべきか?

筆者は色々な国内外のマーケティングや営業の方と話す機会も多いのですが、そのような変化の中で以下のような共通した課題が見えてきます。取締役や営業組織の不満は、かなりのものです。

・営業に渡されるリードの質が低く、確認する作業の大半ば無駄になり、生産性が非常に低い。マーケティングへの信頼がない
・営業と一体となったゴールがマーケティングで共有されず、それぞれの活動が同期する仕組みがなくバラバラに動いている
・マーケティング組織が広告代理店やメディアに頼ってしまい、社内代理店のようになっている

その原因には以下のようなものが考えられます。

・最近グローバル企業では一般化しているGo To Market(GTM)戦略の策定能力が弱い
Go To Marketは、企業としてどのセグメントに、どの製品を、どのようにどれくらい売るか、売るためにはどのようなリソースが必要かの販売戦略の進化型です。以前は営業が主体に販売戦略を作っていましたが、GTM戦略では組織が一体になって販売戦略を作り上げていきます。これが、営業、マーケティング、BDRの戦略のブループリントになります。
・業界トレンドなどの特定のテーマなく、リード作成を各種のイベントやメディアのサービスを使って単発で作成しており、作成されたリードをそのままに近い状態で営業に渡している
・マーケティング組織のゴールがリード作成になっており、パイプライン作成になっていない
・BDRを含んだマーケティング活動のファネルモデルが作成されていない
・ナーチャリング(育成)と呼ばれるリードを磨く機能を持たない
なお、ナーチャリングにも、プロセス段階によって複数の種類があります。
・マーケティングの組織内に、戦略・プランの立案、コンテンツ開発の能力、そして全体最適化を行うオペレーション機能が欠如している

最近特にグローバル企業と国内企業の違いを実感するのは、戦略とオペレーションの部分です。国内企業は特にオペレーションが弱いです。戦略とオペレーションは一体化すべきもので、戦略に向かって戦術を実行していく中で、オペレーションは実行の質を高めながら全体最適化になるように実行間を調整していく役割があります。オペレーションは下の図のように、データドリブンなモデルを構築しなければなりません。

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では、デマンドジェネレーションをどのように推進するかと言うと、上記で紹介した原因を解消していくのです。
・GTM戦略を立案してそれをマーケティング組織に落とし込み、営業と整合性がとれたキャンペーンを実施する
・マーケティング組織のゴールを、パイプラインの金額やそこからクローズした金額にして、営業とゴールを一体化する
・単発のマーケティング活動でなく、業界のトレンドなどをテーマに複数の活動を統合した、包括的なマーケティングキャンペーンを立案して実行する
・AIDMA(Attention:認知、Interest:興味、Desire:要求、Memory:記憶、Action:購入までの一連の頭文字を取ったもの)などの購買プロセスを考察したマーケティングファネルモデルを作成し、テージごとに出口の条件を明確化する
・マーケティング段階、BDR段階でリードを磨き上げる仕組みを作る
・マーケティングのテクノロジーであるMarTechをフル活用した実行モデルやプロセスを作る

ただ、言うはやすしで、どれもそれほど簡単なことでありません。ですから、ステップバイステップで各分野を改善していくしかないです。筆者はキャンペーンやコンテンツなどの分野ごとに、5段階の成熟度モデルを作成しています。成熟度が一気に上がることはまれで、次の成熟度レベルを目指して改善していくのです。

売り上げに貢献するフロントオフィスとしてのマーケティング組織に、成熟度の各段階を経てトランスフォーメーションしていってください。そのことがB to Bにおけるマーケティングのキャリア開発にもつながります。58歳の筆者ですがいまだに強い需要ありますからね。