世の中には、立ち入り禁止区域というのがございます。重厚な門扉と塀の向こうに、秘密の研究所。イヤー、ワクワクしますねー。こうした秘密の研究所は、中こそのぞけませんが、バイオハザードやら汚染物質漏れでも起こさない限り、外界には影響はありません。んが、世の中にはその研究所があるために、生活に影響するようなところがあるのでございます。いや、その、危険とかじゃなくて、たとえば、研究所の近くの町では、電子レンジの使用禁止だとか。今回は、そんな「えっと」な施設を、ご紹介をいたしましょー。いえ、天文学の話で、秘密でもなんでもないですよ。

「しーっ、静かにして!」は、冒険モノの基本でございますな。雑音があると、危険がかすかな音をたてて接近するのを聞き逃しますからねー。これと同じで、科学研究では、できるだけピュアな環境にしないといけないことが、よくあります。たとえば、クリーンルーム、たとえば、無菌室、たとえば純水の使用などなど、異物、雑音、つまりノイズは、研究の大敵なのでございます。

天文学は、そうしたノイズとの戦いが最もシレツなジャンルでございます。なにしろ相手は、頼りなーく弱々しーく光る星。そんな星のかすかなシグナルをとらえるために、涙ぐましい努力がされております。そのなかでも、街灯などの光は大問題ですな。天文台では、夜は暗幕カーテンをしめきり、自動車のライトも、スモールどころかハザードだけで移動なんてこともございます。

ただ、周囲に光あふれる都市が広がるとどうしようもないです。国立天文台も当初は、東京都の三鷹市や埼玉県の堂平山などで観測をしていましたが、星が見えない関東平野では無理ということで、岡山県に観測所を構えています。岡山では、なんと1972年の時点で、岡山天体物理観測所観測協力連絡会議なるものをもうけ、地域の協力で、都市の光を極力減らすようにしています。なお、堂平山の観測所は、いまは研究を放棄し、町に払い下げられて観光天文台になっています。天体観察だけでなく、バンガロー宿泊も、バーベキューもできますよん。

それでもなかなかということで、今や主力望遠鏡は国内にはなく、ハワイのマウナケア山の山頂にある巨大なすばる望遠鏡でございますな。ちなみに、このハワイにある天文台、外務省と南極(どこの領土でもない)以外で海外に大規模な科学研究所拠点を設けるというのはなく、スッタモンダがあったらしいです。まあ、条件のよい、ノイズが少ないところに天文台をつくりたいのはどの国でも同じ。なので、ハワイの山の上は各国の「天文台銀座状態」になっている次第ですな。

すばる望遠鏡とペルセウス座流星群 (C) 国立天文台

さて、こうしたノイズとの戦いは、光だけではなく、電波でもあります。天文台のなかには、宇宙からやってくるかすかな電波をとらえる「電波天文台」というのがあるんですな。そこで使われている望遠鏡は、一見するとレーダーの放射アンテナみたいなのですが、電波は出さず、ただひたすら、電波に対し、聞き耳をたてているという感じです。たとえば、日本では長野県の野辺山高原に電波天文台があります。写真を見るとまさに宇宙基地という風情でございます。ここの主力は、直径が45mもある巨大なパラボラアンテナですが、これこそ、世界最大クラスの電波望遠鏡なのですな。ちなみに、このアンテナ、JR小海線の野辺山駅の近くにあり、鉄オタの聖地JRの最高地点に隣接しているのですな。車窓からもこの巨大なアンテナはよく見え、ビュースポットになっております。なかなか格好いいながめでございますよ。ちなみに天文台内も散歩ができますので、おすすめでございます。

国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡 (C) 国立天文台

こんな巨大なアンテナを使うのは、微弱な天体の電波をとらえるためです。光と同様、星や天体からの電波も微弱なんですなー。どれくらいかというと、携帯電話の20桁、つまり、1兆分の1のさらに1億分の1もの微弱な電波をとらえないといけないのです。ですから、光をとらえる以上に巨大な装置が必要ってなわけなのです。

ところが、一方で、電波を作るのは簡単なんです。たとえば、ガスマッチ、まあチャッカマンとかいう商標ででているあれですが、あれ、カチカチするだけで、電波が出ます。それで電波を受信してみるって遊びも手軽にできます。たとえば、この方もやってますね。そして、ガスマッチのように、電気で火花が飛ぶようなものは、いずれも電波を出しております。まあ、それが電波の発見だったのですが、コンセントの抜き差しでも電波がでます。

意外なのが、ガソリン車です。エンジンの中にあるスパークプラグが火花を出しますので、おもいきり電波を出すのですね。ちなみ、ディーゼルエンジンは、スパークプラグがいらないエンジンなので、電波を出しません。

また、携帯電話のように、いかにも電波を発するものでなくても、電波を出すものがあります。その代表例が電子レンジですね。Wi-Fiを家で使うとき、電子レンジをオンにした瞬間に落ちたっての、経験ないですか? 電子レンジはもともと、レーダーレンジといわれていたくらいで……ってな話、前に書いてました。はい。

さてさて、こうなると、電波天文台はなかなか大変です。ガスマッチはともかく、ガソリン車の接近でも、電子レンジを使われても、もちろん携帯電話を使われてもヤバイ。というわけですな。天体からの微弱な電波がノイズにまみれてしまうわけです。

対策としては、人里離れたところに天文台を置くことで、アンデスの標高5000mの山の中とか、オーストラリアの砂漠の真ん中に天文台がつくられています。んが、もうちょっと強引な方法がとられている例があります。たとえば、中国が最近建設した、世界最大の電波望遠鏡FASTは、近隣半径5km以内の住民2029戸、9110人の立ち退きをさせたのだそうです。強引に「人里離れたところ」を作ったのですな。まあ、日本でもダムを作るために立ち退きとか、道路を作るために立ち退きとかがありますから、中国が特別変わったことをしたわけじゃないです。ただ、目に見えない電波のためってのがスゴイところです。

別の方法で、電波のノイズ対策をしているのが、アメリカのグリーンバンク天文台です。首都ワシントンから200kmほど離れたこの国立天文台は、向きを変えられるアンテナとしては世界最大の100mのアンテナを持っています。そして、電波のノイズ対策をするために、1958年以来、国の規制で、半径10マイル(16km)では、電子レンジや電波式のテレビのリモコン、携帯電話、Wi-Fiルータなど、電波を出すさまざまな製品の使用が制限されています。いうならば、電波の暗闇地帯を作っているのですな。ラジオやテレビ局も制限されているようです。えっと、「National Radio Quiet Zone(NRQZ:国定電波静穏地域)」ともいうようですな。ココ以外にも、軍事目的にも制定されているようですが、いっちゃん制限がキツイのが、このグリーンバンク天文台付近のようです。特に望遠鏡から1マイル(1.6km)以内では、ガソリンエンジンの使用は禁止とのことです。ルドルフ・クリスチアン・カール・ディーゼルさんがいなかったら、どうなったことやらでございます。

さて、ひるがえって我が日本ではどうでしょう。国内最大の野辺山宇宙電波観測所では、次のような規制がひかれています

1.携帯電話は、電波望遠鏡の周囲およそ200mの区域内では電源を切る
2.所内では無線機器(無線LAN、携帯、Bluetooth、無線マウスやキーボード)を使用しない

えっと、近隣じゃなくて「所内」ですね。10マイルまで制限かけちゃうアメリカに比べると、なんともマイルドでございます。まあ、これは技術的にノイズ電波をよりわける能力が高かったり、そもそも電波望遠鏡が使うものと、周波数がちがうように機器が作られているから(でも、ノイズは皆無にはならない)というのもあると思いますが、日本は本当に遠慮しながら研究しているのですねー。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。