英国科学雑誌「ニューサイエンティスト」の読者Q&Aコーナーのファンです。熱いんです。読者どうしでQ&Aをしているのですが、なんでこんなどうでもいい(誉め言葉です)ことに回答するのに熱くなるのか、というくらいです。で、その質問というと、本当にいろいろでございまして…。

英国人は全般として、サイエンス好きな国民らしいです。いや~日本では国がそんな調査をしていて、英国モデルで科学の普及をしようとしていたんですよ。

英国から輸入されたものに「サイエンス・カフェ」があります。科学者などがまざった科学にまつわるおしゃべりを、カフェのような気楽な空間でやろうという企画ですな。英国人はとんでもなくお喋り好きだそうで、国民性にあった企画なんでしょうねー。日本だとちょっとアルコールが入った方が、その辺がうまくいきそうというので「サイエンス・居酒屋」とか「サイエンス・パブ」とかやっている人たちもいます。

さて、そんな英国に、「ニューサイエンティスト(New Scientist)」という週刊の科学雑誌があります。いや、「例の件」で有名になったネイチャー(Nature)も週刊科学雑誌なんですが、ニューサイエンティストは、まあごく一般向けの雑誌です。科学者も他の分野のことを知ったりするのに結構購読しているようでございます。

そのニューサイエンティストの最終ページに「Last Word」というコーナーがあります。Q&Aコーナーです。Last Wordは、最期の言葉(遺言)というそのまんまの意味のほか、決定的な言葉、これで決まりみたいな意味もございます。コーナーの様子はその通りで、この答えで決まり! という感じで、読者のQに対して、別の読者がさまざまなAを返すという趣向なんですな。そしてそのQもAも、なんというか、バラエティに富んでおります。最近の質問をいくつかあげてみましょう。Webサイトでも見られますよ

  • 「坂道を自転車であがるとき、こいであがるのと、おしてあがるのでは、どちらがエネルギーを必要とするか?」

  • 「酸素はちっ素よりちょっとばかり密度が高いのに、なぜ、空気中でそれらが分離しないのか?」

  • 「スプレー缶を振ると冷たくなる、エネルギーを与えているはずなのに、なんで?」

科学に覚えがある人でも、スパッと答えるのに、若干「ぐぬぬ」となってしまうのではないでしょうか? また、可愛らしい質問もいろいろありまして。

  • 「たいていのものは、暖かくすると溶けますよね。でも、なぜか、私が料理するものは、火にかけると液体が固体になるのです。スクランブルエッグですけど、なんでですか」

  • 「人類の指が、鼻の穴にぴったり入るのは偶然の一致ですか? もしそうでなければ、なぜぼくのママは、それをするなというの?」

  • 「アルミホイルのかけらが歯のつめものにあたると、なぜいやな感じになるの?」

*「犬の鼻は、なぜ黒いの?」

これは、Webに投稿された質問で、すでに答えもあったりします。これらから編集部がえらんだ(Web読者の支持も加味して)ものが、雑誌に載ったりするのですな。

さて、Qの方は感じがわかってもらったと思いますが、Aはどうなっているのでしょうか。ものによっては、いくつものAがついているものもあります。ちょっと意訳ですけど

Q:「熱いものは、エネルギーが大きいですよね。では、食べ物を食べたとき熱いものを食べるほうが、冷たいものを食べるより、太るということでしょうか ベルギー ジョン・ブラウン」

これには5つの答えが返っています。原文は長いので、上のリンク先を参照していただくとして、かいつまんで訳しますと。

A1.米国 ジョージ・ストニクジイさん

「太るかどうかということだと、食品の熱さは、食品自体のカロリーに比べてとるにたらない差しかないです。だから関係ないといってよろしい(以下、ハンバーガーを例示した計算)」

A2.ニュージーランド ガエル・プライスさん

「そんなことはありません。食品の中のエネルギーは2つの形で存在しています。力学エネルギーと、化学ポテンシャルエネルギーであり…」

A3.英国 アバディーン大学 ジョン・R・スピークマンさん

「理論的にはその通りです。しかし、質問の意味を鑑みるに、それはそうではないといえます。食品に含まれる化学エネルギーは食品を温めることで有効な変化はありません。したがって…」

A4.米国 生物教師 ジュリアン・ヒラルドさん

「炭水化物、脂質、核酸、タンパク質はすべてエネルギーを持っています。それらは化学的な結合によって蓄えられ、私たちの身体にある何兆という細胞の内部における代謝で壊れることで…チーズバーガーのカロリーは…」

A5.米国 元生物教師 ジョナサン・リードさん

「生体システムは、ものの暖かさを生化学的に利用することができません。例えるならば、駐車場に止めたあなたの車が日射で熱くなったからといって、そのエネルギーでガソリンが空になった車が動き出すことはないというようなものです。ただし、生体システムは、代謝の熱を常に捨てて、体温を維持していますが、冷たいものにさらされた身体は…」

この場合は、みんな同じ答えです。ひとり答えれば、いいじゃんと思うわけですが、そこはそれ、一般人から生物の教師から、大学の先生まで登場して、それぞれの説明をしようと熱くなっているわけです。そして、ベルギー人の疑問が、雑誌を通して、アメリカからニュージーランドまで地球をまたにかけた答え合戦になっているのがおもしろいですよねー。

こんなのが毎週、えんえんと行われている、ニューサイエンティスト誌のLast Word。英語がもっとスラスラよめればなあと思いながら、楽しんでいるわけです。

ところで、このLast Wordコーナーですが、人気ということもあって、単行本になっています。日本でも、早川書房から「つかぬことうかがいますが」「また、つかぬことうかがいますが」というタイトルで翻訳が文庫になっています。書店などでみかけたら、ぜひ手にとってみてくださいませ。

サイエンスって、しょうもない、しかし真剣な、たくさんの疑問とそれを答えてやろうという思いが突き動かしているんですが、ここの「犬の鼻はなぜ黒い」的な疑問こそ、本物の科学だなぁと思うわけなんです。

ニューサイエンティストWeb版の「The Last Word」のコーナー

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。