2018年3月14日。英国の物理学者、スティーブン・ホーキング博士が亡くなりました。76歳でした。その反響たるや、世界のメディアやネットはホーキング一色になるほどでございました。人々はこぞってホーキング博士の死を悼んだのでございます。ホーキング博士は愛されていたんですね。今回は、その多くの追悼の声を横におきながら、ホーキング博士について、少しばかり語ろうと思います。

20世紀で最も有名な科学者といえばアインシュタインでしょう。TIME誌も20世紀を代表する人物として、ディズニーやヒトラー、ビートルズをおさえて選出していますな。

では、21世紀で最も有名な科学者といえば? これはまだ21世紀がはじまって20年もたっていないのでわからないわけですが、現時点で選ぶならスティーブン・ホーキングだったといえるでしょう。そのホーキング博士が2018年3月14日に亡くなりました。76歳でした。くしくも、アインシュタインの誕生日でπの日(3.14)でした。そして、訃報がとどくと、世界中が、ホーキングの追悼をはじめたのです。主に「生前のホーキングのこういうところ好き」という内容でございました。日本のツイッターでもトレンドの1位がダブルスコアでホーキングになりました。他の科学者でこのようなことは少なくともここ30年くらい思い出せません。ことほどさように、ホーキング博士は愛されていたのです。その理由はなぜなんでしょうか? 愛されたポイントを東明流に考察してみましょう。あ、順不同です。

1. 宇宙の始まり、タイムマシン、ブラックホールなどの時空の研究者だった

ホーキング博士は、理論物理学者でした。特に時間と空間についての理論を考える研究者でした。

彼の研究で有名なのは、一般相対性理論を厳密に解いた結論として、ブラックホールのような物理法則が破綻する「特異点」が存在するとした研究です。

この特異点にからんで、宇宙の始まりは1点からではなく、虚数の時間から始まったという「無境界仮説」を提唱もしています。

また何でも吸い込み出てこれないはずのブラックホールから、何かが放射されることがあるということも言いました。理論上、ブラックホールは蒸発しうるということを示しました。

さらに、タイムマシンの存在を否定する「時間順序保護仮説」を提唱もしていますし、宇宙の初期にミニブラックホールが多数誕生したなんてことも理論的に提唱しています。

ともかく、宇宙の始まり、ブラックホール、タイムマシンなど、もうワクワクするようなことの基本の研究者だったわけです。

2. サイエンスライターとしても一級だった

研究者のなかでは、ホーキングは有名だったわけですが、一般に彼を有名にしたのは、1988年に刊行された一般向けの科学解説書「ホーキング、宇宙を語る: ビッグバンからブラックホールまで」ですね。彼が考えた時間と空間の理論をおりこみつつ、宇宙とは何かという誰もが興味を持つことを、わかりやすく、たった1つの数式(E=mc2)だけしか使わずに紹介した本です。

この本は、世界的なベストセラーになりました。なんと1000万部以上も売れたのだそうです。日本でも早川書房からでて100万部超えとなりました。科学解説書でこんなに売れる本なんて、そうそうありません。ブルーバックスでも一番売れた「子どもにウケる科学手品77」が80万部くらいです。

なぜ、売れたかというと、最先端の宇宙理論をその理論を考えている当事者が、体裁については読みやすく書いたからです。今の日本だと村山斉さんが近い感じですね。しかし日本だけでも100万部売れたというのはすごいことで、普段、科学解説書はあまり読まないような人たちも、こぞってこの本を読んでいたのだそうです。ただホーキングは「もっとも売れたもっとも実際には読まれていない本」という評判を聞いていたらしいですね。

なお、ホーキング博士は、その後も科学解説書を書いています。娘のルーシーと一緒に書いた子どもむけの「宇宙への秘密の鍵」などがおすすめ。これは本当に読みやすい本ですよ。

3. 車いすの天才 難病ALS

ホーキング博士は、車いすの天才といわれました。天才のほうは、時空の研究で名を馳せたからですが。車いすは、彼が21歳で発症したALS(筋委縮性側策硬化症)という筋肉が思うように動かせなくなる難病によります。ただ彼は車いすに体をあずけて生活や研究をし、人工音声を駆使して講演もしています。そうALSは、頭脳や感覚はおかさないのです。意識しないでも動く心臓も動き続けます。

はたから見たら、気の毒としかいいようがない人が、世界的な頭脳をもってさまざまな活動を行うその姿は大変インパクトがあるものでした。ホーキング博士の名前や業績、彼のベストセラーの科学普及書を知らなくても、ユニクロのコマーシャルにも登場した車いすに座った姿は見覚えがあるのではないでしょうか。

ホーキング博士は21歳でALSを発症して余命2年と宣言されたそうです。間もなく立てなくなり、車いすの生活となります。さらに、症状が進むとしゃべれなくなっていきますが、介助者の手をかりながら、電動車いすと人工音声を操作することで生活や研究を続けていきます。そして病気の進行が遅くなり、76歳まで生きることができたのです。そしてその頭脳は晩年まで論文執筆をしていたそうです。彼のALSとつきあいながらの人生は「ホーキング、自らを語る」とか、映画「博士と彼女のセオリー」などでうかがい知ることができます。

4. お茶目な性格・行動

さて、ホーキング博士が亡くなると、SNSはホーキング祭りと化しました。みながこぞって、ホーキング博士のエピソードを紹介しあうことで、彼を悼んだのです。

それを見ていて、本当に彼はお茶目な性格で、おもしろい人だったのだなと思いました。いくつかご紹介しましょう。

  1. ホーキング博士を怒らせると、電動車いすで引かれるという噂話を聴いたホーキング博士の答え。「ひどいこというなあ、そんなことするわけないだろ。そんなこというやつは引いてやる(笑)」
  2. 質問者「地球のほかに、知的生命がいると思いますか?」、ホーキング「え? 地球に知的生命といえるものなんて存在していましたっけ?(笑)」
  3. 質問者「もっとも思考を巡らせる問題はなんですか?」、ホーキング「女性です。あれは完全なミステリーです」

あと、ブラックホールがはくちょう座X-1にないという賭けをして負けたけど、ブラックホールが存在するのはホーキング博士の予言通りなので負けても自説の検証になりうれしい。とか、そういうおもしろいこともやっています。

ホーキングはまた、さまざまなメディアにも登場しています。ザ・シンプソンズが有名ですが、スタートレックにもニュートンなどとともに「本人役」で登場したりしているんですね。ユニクロのCMもそうですが、結構楽しく参加していたようですね。プログレバンドのピンクフロイドは楽曲「Keep Talking」の1分ほどのイントロの最後にホーキング博士の人工音声を使っています。

ともあれ、科学研究でも、科学普及書でも、ALSとともに生きていくことでも、ユーモアにあふれ人生を楽しみ、みなを楽しませたことも、そしてここでは触れませんでしたが、殺人AIへの警鐘など社会問題への提言や、多くの人に勇気をあたえるような発言をしたことも含め、ホーキング博士は、本当に愛された科学者でした。21世紀の最後までに彼を越える科学者が現れるでしょうか? もしかしたらなかなか難しいかもしれません。それほどユニークな人物でした。

なお、ホーキング博士は「死後の世界」を信じていなかったので「ご冥福を」が正しい言葉かどうか、よくわからないところが、ホーキング博士です。ああ、世界を楽しく楽しい人がひとりいなくなってしまったなあ。という、こちら側からの言葉が正しいのかもしれません。

いや、並行宇宙ではホーキング博士はいまだに生きているのだから、悲しむ必要はないのかな。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。