新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言以降、リモートワークを推進する企業が増えています。オフィスに集まって仕事をする機会が減ったことにより、働き方やワークフローを見直す動きもあり、企業のBCP観点からもコロナ禍をきっかけに電子契約を導入する企業が増えています。

本連載では、電子契約の基本的な知識から、法的な有効性、導入にあたっての注意点などについて、3回にわたって解説します。第1回では、電子契約の基本知識に加えて、政府の電子契約についての見解についてとりあげます。

電子契約は、電子ファイルを介した契約

電子契約とは、契約をする双方の契約内容、約束事を電子ファイルで記録して残すことです。電子契約というと、難しく聞こえるかもしれませんが、多くの人がすでに利用しているオンラインショッピングも、売買契約は電子ファイルとして記録されているので電子契約にあたります。同様にオンラインで申し込み、決済まで完結する有料動画配信サービス、各種有料アプリ、オンラインで登録できるクレジットカード、銀行なども電子契約です。

企業間取引においても、電子契約が徐々に広がっています。特に新型コロナウイルス感染症によってリモートワークが進んだことは1つのきっかけになりました。

アドビの調査では、リモートワーク期間中であっても、紙書類などの処理対応のためにやむなく出社した経験があると回答した人は64.2%となっており、社内の紙書類の管理がテレワークを推進する際の大きな課題となっていることがわかりました。この課題を解決するために、電子契約を導入する企業が増えているのです。

アドビが提供する「Adobe Sign」の場合も、新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言以降、Webサイトへのアクセスが5倍、トライアル申し込みが3倍に増加しています。大企業での導入も増えており、すでに多くの企業がニューノーマルな働き方の実現のために動き出していることを実感します。

電子契約を支える2つの仕組み:電子署名と電子サイン

電子契約の方法としてはまず、電子サインという仕組みがあります。電子サインは、同意書や記録物に対して、内容の合意を示すために、電子的なプロセスとしてサインや印鑑など可視的なしるしを残す仕組みを指す用語です。

電子サインの仕組みを提供するサービスはさまざまなものがあり、「Adobe Sign」もその1つです。一般的に「電子サイン」では、電子メールアドレス、従業員ID、SMS認証、パスワードなどの認証方式を使って本人確認を行います。より強力なセキュリティを確保する場合は、複数の認証方式を組み合わせる多要素認証が使われます。またほとんどのサービスで、署名時のログから、誰が、いつ署名したかを追跡できる機能を持っています。

電子契約の中でも、さらに本人確認の程度、セキュリティ、安全性を高めた署名方法として、「電子署名(デジタル署名)」があります。電子署名(デジタル署名)では、通常、認証局によって発行された電子証明書を利用します。この電子証明書は、本人確認のうえで発行されるもので、いわば印鑑登録が必要な実印のようなものです。電子契約をする際に、電子ファイルに電子証明書を用いて電子署名することで、本人性を保証します。また、電子証明書と文書をあわせて計算処理し、ユニークな値(ハッシュ値)を算出し、契約者双方が同じハッシュ値をもっていることで、取り交わした文書データに改ざんがないことを担保します。

  • 電子サインと電子署名の図

電子署名における電子証明書は本人のものでなくても良い

電子署名、電子サインの有効性については、「電子署名及び認証業務に関する法律(以下、電子署名法)」という法律の規定が参考になります。

電子署名法2条1項には電子署名が定義されていますが、これによると、電子署名には、次の要件が求められています。

・署名行為をした者による作成であると示されていること
・契約情報の改変の有無を確認できること

続く第3条では、次のような文言があります。

・本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

この法律の解釈にあたっては、従来は「2条、3条とも本人による電子証明書が必要であることを示す」という狭義の考え方と、「2条で広く定義して、3条で本人の電子証明書を使った電子署名を定義している」ととらえる2つの解釈がありました。

サービス事業者の電子署名においては、契約する当事者はデジタルの文書にサイン(クリック、入力など)し、その操作を受けてサービス提供事業者がサイン、画像などをシステム的に配置します。厳密には「本人による電子署名」とは言えないこの手法が法的に有効なのかどうか明確に定義されていなかったため、いわばグレーゾーンであり、電子契約の導入に慎重な企業にとっては不安材料となっていました。

しかし、2020年7月に法務省、総務省、経済産業省が電子署名法の条文解釈をまとめた文書を公開し、その中で本人ではなく、立会人型の電子署名を使った場合も、電子署名法2条に定義する「電子署名」に該当することを明示しました。立会人とは、アドビのような電子サインのサービス事業者のことを指し、契約者の間で契約成立に立ち会っているということを意味します。立会人といっても、契約自体にサービス事業者の意思や判断が入ることはなく、契約当事者の指示に従い、電子契約サービス内で電子文書にサインを載せ、改ざんされないように保護するような機能を提供する役割です。

サービス事業者による処理であっても、電子署名として有効であることが明確に示されたため、これまで二の足を踏んでいた企業も安心して導入を推進できるようになりました。 さて、次回は電子契約において印鑑の取り扱いについて解説します。

【著者】浅井 孝夫(あさい・たかお)

アドビ株式会社 法務・政府渉外本部 本部長

2000年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程卒業。2001年弁護士登録後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所にて勤務。2007年韓国最大手の金・張法律事務所にて勤務。2008年米国カリフォルニア州立大学バークレー校ロースクール(LL.M)卒業後、米国ニューヨーク州にて弁護士登録。2009年北京滞在を経て法律事務所に復帰。2011年アドビ に入社。