2021年3月までに民間取引先との契約電子化100%を目指す

テレワーク化を妨げる業務の代表として挙げられるのが、押印文化だ。ヤフーは2019年9月からデジタルトランスフォーメーション推進の一環として取引先との電子契約化に取り組み、2020年5月18日には民間取引先との契約手続きの「100%電子サイン化」を目指すと発表。2021年3月末までには民間取引先に関しては法的要件や取引先の事情により対応できない場合を除いて全契約を電子化することを目指している。

同社では、電子サイン活用のメリットとして

・印刷、製本、送付、保管などの手間がかからず、締結までの時間を短縮できる
・印紙税が不要となり、費用削減効果がある
・契約書をデータで保管するため、紙と比べて紛失・漏洩リスクが低くなる
・契約書名や取引先名など、さまざまな条件での参照・検索が可能になる

を挙げている。

ヤフー コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 オフィス・経営支援本部 経営支援部 部長 黒岩高光氏

「現在は契約の3割程度が電子化できています。ヤフー側はすでに準備が整っており、後は取引先が受け入れてくれるかどうかという段階にあります。現在は捺印申請が来た時に電子化対応をお願いするという形で推進しています」と語るのは、ヤフー コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 オフィス・経営支援本部 経営支援部 部長 黒岩高光氏だ。

ビジネスを停滞させる紙契約書の電子化を2年かけて準備

同社では2017年頃から電子契約の推進を検討してきたという。それは、ビジネスのスピードを停滞させるボトルネックになっているのが紙の契約書に押印するという手法だという判断からだ。

ヤフー コーポレートグループ 法務統括本部 法務本部 法務企画室 室長 生平正幸氏

「紙のやりとりをして押印するとなると、国内で2週間程度、海外とのやりとりだと1カ月ほどかかることになります。この時間を減らしたいと考えていました。もちろん、工数の削減や印紙税等の削減といった狙いもありますが、最も大きな目的はビジネススピードへの貢献です」とヤフー コーポレートグループ 法務統括本部 法務本部 法務企画室 室長 生平正幸氏は語る。

ヤフーで扱う契約書数は、年間1万1000件程度。業務委託や受発注、M&Aと内容は多岐にわたるが、企業間だけでなくヤフーの運営するショッピングモールに出店する店舗との契約等も存在するため、非常に数が多いという。ここにかかる時間の削減を狙って2年程度の準備を行った上で電子化に着手したのが、2019年9月だった。

現場の事務処理削減のために電子化以前から社内の契約業務をとりまとめる部署を設立し、最終的な取引先とのやりとりを一本化していたため、社内的にはアナログの押印から電子サインへと変化したことの影響が出るのは、契約書をまとめて扱う 経営支援部だけだ。そのため、ワークフローの変更等は必要なく、スムーズな移行が行えるという。

「以前から契約書管理システムを運用していて、契約書をPDF化して保存するという業務を経営支援部が担当していました。現在は押印の部分を電子化しただけで、それ以外の部分の変更はありません。契約したいのは現場ですが、電子サインに関するメールを送るのはわれわれの部署が全社分対応しています」(黒岩氏)

ヤフーがコスト負担、個人事業主も対応

電子サインツールとしてヤフーが採用したのは「DocuSign」だ。これは海外取引も多い業務上、グローバル対応できるベンダーとして選択された。そして、取引先には、必ずDocuSignの利用を求めるわけではなく、先方が利用している電子サインがすでにあれば、そちらに対応する形式を採っている。

「DocuSignで対応してもらえる場合にはヤフーがコストを負担するため、取引先はコスト負担がありません。また、すべてをWeb上で完結させられるためシステム準備が不用だというメリットもあります。ヤフー側として負担するコストも郵送料より安価なので問題ありません」(黒岩氏)

システム利用コストという意味では負担がないため、電子契約への移行を打診した場合、契約先の反応は悪くないという。

「割と前向きに対応してもらえており、今のところ3割程度まで切り替えができています。個人事業主でも利用可能で、個人の方がハードルは低いですね。すぐには対応が難しいと言われる理由としては、社内で使い分けている印の種類が多い、社内規定が電子サインに対応していない、というようなものです」(黒岩氏)

これまでも電子サインは注目されていたため、準備が進めていた企業もある。しかし一方で、手がつけられずにいる企業も少なくないのが現状だ。

「大企業ほど規定がしっかりしているため、印鑑の規定はあるが電子サインの規定がまだ存在しない、というところで立ち止まりがちです。多数ある押印の切り替えを1対1で考えてしまうので、どう切り替えるのか、誰が送るのかといったところでつまづく傾向があります」と生平氏も語る。

社内規定の変更等で大企業ほど対応の遅れ

「電子サイン化したことで、従来は国内でも1~2週間かかっていた契約書のやりとりが3分で終わるなどスピードアップは実感していますし、コスト面でも印紙代や郵送料がなくなるなど効果があります」と黒岩氏は導入効果を語る。

紙の契約書をやりとりする時間はこれまで存在して当たり前のものだったが、誰もが毎日出社し、必要に応じた押印は簡単に行えるという前提が崩れたコロナ禍の中では、かかる手間や時間が大きく変わった。そのため、取引先の対応もより前向きになっているという。

「この状況の中で切り替えが進んだところはあります。出社しないと押印できないため契約処理ができない。そうするとビジネスが止まってしまうという実感が出来たため、はやく対応してビジネスを動かしたいという意向が強くなりました」(黒岩氏)

後はどれだけ社内規定の変更や新設、ワークフローの変化といった手間をかけた対応が実際に行われるまでどれだけの時間がかかるのかといった部分が大きな課題になりそうだ。

押印文化の変化や政府の後押しを期待

「メリットが目に見えた取り組みなので理由もなくやらないという企業はありません。取引先でも導入検討中というところが多いです。私の部署が取引先への説明を担当しているのですが、ヤフーでは導入にあたって何が問題になったのか、ベンダーはどう選定したのかといった問い合せも多く受けています。ヤフーの場合は契約書を一括して取り扱う部署を用意していたため教育コストがミニマム化できたのがやりやすかったポイントだと感じているので、この手法はお勧めしたいですね」と生平氏は語る。

意欲が高まっており、メリットもわかりやすく存在する取り組みだ。特に押印という作業としては簡単なものが業務を止めているという実感を、現在は多くの人が体感している状態にある。しかしそれでも、2021年3月末までに目指すとしている民間取引先の100%電子化についての見通しはなかなか厳しそうだという感触をヤフーでは持っているという。

「実際、100%電子サイン化という目標はハードルが高いと感じています。大企業は特に大変ですから説得しつつ、日本のハンコ文化そのものを変えて行くことが大切だと考えています。実施企業が過半数を超えるかどうかが勝負です。現在のコロナ禍はハンコが邪魔という認識が広がっていますから、電子サインの促進という面では希望か持てるかもしれません。後は政府の後押しも必要ですね。われわれは辛抱強く頼むだけです」(黒岩氏)