半導体設計ツールのEDA(自動電子設計)ベンダであり、最近は組み込み系設計ツールにも進出しているMentor Graphicsが、「Mentor Automotive」という新ブランドを全面的に押し出してきた。EDA、組み込み、そしてカーエレクトロニクスへと手を広げるMentorの戦略を2回にわたって紹介する。
Mentorは実は25年間にわたって自動車エレクトロニクスに取り組んできた。そのため、自動車分野は同社にとって新しい市場というわけではないが、ここ最近はMentor Automotiveブランドを掲げ、クルマに押し寄せているデジタル化の波、コネクテッドカー、自動運転、電動化(EV化)、スマートシティといったトレンドのけん引を図っている。クルマにとってのスマートシティは、「クルマと通信する道路情報や駐車場情報など交通問題のすべてを解決するテーマ」、と同社Automotive Marketing担当ディレクタのAndrew MacLeod氏(図1)は定義する。
コネクテッドカーのインパクト
これらはITの進展というメガトレンドと歩調を合わせている。かつての自動車産業はOEM(自動車メーカー)、ティア1と呼ばれるECU(電子制御ユニット)などのクルマ部品メーカー(デンソーなど)。さらに半導体メーカーのような電子部品のティア2などで成り立っていた。ここにさまざまな業種が参入してきた。2016年2月のMobile World Congressでは欧州の自動車工業会と通信工業会がコネクテッドカー/自動運転で提携したように(参考資料1)、通信オペレータが参入し、さらにEricssonや華為技術などの通信機器メーカーや、Amazonなどのクラウドコンピューティング、ビッグデータ解析、AppleやGoogleのような民生企業でさえクルマに押し寄せてきた。
市場調査会社Boston Consultingによると、革新的な企業トップ10の内、9社が自動車関連の企業であり、この中にトヨタ自動車工業やBMWはもちろん、AmazonやGoogleなども入っている。15年前に同じ調査しても自動車関連企業は1社も入っていなかったとしている。Mentorはこれをニューサプライチェーンと呼んでいる。最近の投資先は自動運転技術が多く、2016年の第1四半期にはセルラーの加入者の1/3がコネクテッドカーだったという。次のトレンドはビッグデータだとして、データ解析だけではなく、運転行動や、運転手の生体情報などを集め、コネクティングサービスを提供するという。
Mentorは、採用が加速している3つのクルマ技術に注目している。1つは、組み込みコネクティビティ(図2)。2024年に発売されるクルマの90%に通信機能が装着されると予測されており、クルマとセルラーネットワークが接続する。2番目はADASおよび自動運転である。ここでは非常にたくさんのデータが集まり、しかも急増している。その結果、2020年には250億ドルの市場に膨れ上がるという。3つ目の電動化ではTeslaなどEVメーカーの増加だけではなく、充電ステーションの設置などのインフラにも投資が必要となる。2040年には発売される新車の35%がEVになると予想されている(図3)。
EV化に向けてエレクトロニクス化はさらに進む。すでにラグジュアリクラスのクルマではソフトウェアのプログラム行数が1億行にも達しているという(図4)。自動車に占めるエレクトロニクスの割合が急速に増えて複雑化していることに起因する。クルマのソフトウェア行数は、スマートフォンのOSの1200万行やF-35ジェット戦闘機の2500万行と比べても何倍も多い。MacLeod氏は「私たちは、いまだに自動運転のソフトウェアもV2Vコネクテッドカーのソフトウェアの完成版を知りません。基本的に非常に複雑だからです」と述べており、ソフトウェアは今後も増えていきそうだ。
クルマの複雑化をアーキテクチャから解く
これらのコネクティビティ、自動運転化、電動化に加え、クルマ全体のアーキテクチャも重要になるとする(図5)。システムのアーキテクチャは電動化とも深く関係する。ベンツクラスの高級車だと、144個ものECUが搭載されているという。これまではダッシュボードやエンジンルームに搭載していてもそれぞれ独立に動作していて、互いに通信し合うことはなかった。ところが今は各ECUが互いに通信し合うようになっている。そこで、シミュレーションして合成する能力がシステムレベルで必要となってくる。これをMentorはクルマの「System of Systems」と呼び、多数のシステムの中のシステム同士の通信と考えている。
さらに、ECU同士をつなぐワイヤハーネスや熱の問題が生じ、1つの問題をクリアしても次々と問題が生じる。System of Systemsを、ツールを使ってそれぞれの問題を理解し、システム的なソリューションをMentorはクルマメーカーに提案しているという。
参考資料