酒酔い運転により起きた痛ましい事故に対して、「飲んだら乗るな」や「飲ませる方も罪」といった呼びかけだけに頼らず、クルマメーカー、ティア1メーカーもテクノロジーを使って解決を手助けできないか。こういった考えで、小型の呼気アルコール検出器(図1)をスマートキー(電子キー)に取り付けようと開発してきたのが本田技研工業(ホンダ)と日立製作所である。スマートキーに搭載することを目指したのは、アルコールを検出するとエンジンを始動できないようにロックする機能(インターロック)を搭載するためだ。
従来、精度の高い呼気アルコール検出器は、サイズが大きく、呼気を閉じ込めるチャンバーや、測定後にパージするファンが必要で、ポータブルの呼気アルコール検出器は精度が低い。ホンダと日立製作所は、スマートキーに収められるほど小型で、かつ精度の高いアルコール検出器を目指してきた。このほど開発にめどがつき、両社で共同の発表会を開いた。
ポータブル呼気アルコール検出にはすでに市販の製品はあるが、精度や信頼性が悪く、国民生活センターに苦情が寄せられているものもある(参考資料1)。自宅での測定ではアルコールゼロだが、職場に行くとアルコールを検出したといった苦情、使用1カ月はよかったが2、3カ月と経つと動作しなくなるといった苦情などが来ているという。
一方、据え置き型のアルコール検出は、精度が高いものの価格が高く、乗用車に取り付けるのには受け入れられない。しかも、市販のポータブル型と同様、太いストロー状のマウスピースもつけなくてはならない。これも一般車では受け入れられにくい。
ホンダのニーズから開発
そこで、日立は呼気アルコール検出器の原理から見直した。まず信頼性寿命が長く、精度が高い小型検出器の開発である。開発の途中で、ホンダの技術陣が日立の開発を知り、共同開発を持ち掛けた。日立は、シーズ志向だったため、顧客の要求を知らないまま開発していた。共同開発は、日立にとってもニーズが明確で、開発すべき目標がはっきりしていた。アルコール検出器の精度を左右するものはやはりセンサデバイスである。
呼気アルコール濃度は、水分中に含まれるアルコールの量として定義され、「mg/l(リットル)」の単位で表される。呼気は肺からの水分量とアルコール量の両方を吐き出す。このため日立は、まず水分量を測定するセンサと、アルコールを検出するセンサを開発した。
水分量、すなわち飽和水蒸気を測定するセンサでは、酸化物絶縁体セラミックの上に2つの電極を形成した(図2)。2つの電極間に水蒸気が付着すると、その間の電気抵抗が下がるという現象を見出した。電気抵抗の変化の感度を上げるため、電極のパターンをくし形にして、広い範囲にわたって水分が付着できるようにした。
2つの電極間に数Hzの交流電圧を加えても、水分が付着しない限り電流はほとんど流れない。水分が電極間の絶縁セラミック表面に付着すると、検出電極間に電流が流れる。電流の時間変化を測定する訳だが、その感度は従来機の10倍もあるという。さらに今回の構造では、入力電圧が2.5Vppと低い。従来、高感度の製品は印加電圧が1000V程度も高かったため部品が大きくなり、小型にできなかった。今回の構造だと、低い電圧でも感度が高い。
実は、櫛形の電極パターンの櫛の数を増やせば増やすほど感度は上がるが、面積が増えると共に、寄生容量も増えることにより、応答時間が遅くなるという欠点もある。日立は、60種類程度のパターンを作製し、最適値を選んだ。この結果、小さな1枚のボード(1辺が数cm)に集約できた。また、水蒸気は表面に吸着するのではなく、微小な水滴が付くだけで蒸発するという。表面吸着ではないとしている。このため、測定の再現性は高いという。
アルコールセンサは3つに分離
アルコールセンサにも感度を上げるための工夫がある。アルコールも肺から出てくるため、幾分かはアルコールが酸化されアセトアルデヒドに変わっている。従来のアルコールセンサは、純粋のエチルアルコール(エタノール)だけではなく、アセトアルデヒドや水素も同時に測定している。アセトアルデヒドへの分解の度合いは、飲んでから経過した時間や個人差によっても差が出るため、アルコールセンサの精度に問題があった。
そこで、アルコールセンサを3種類に分けた。それぞれ、エタノールとアセトアルデヒド、水素を検出する。いずれも、酸化物半導体セラミックをベースとして表面に3種類のガスに対応する膜を付けたものらしい。酸化物半導体セラミック表面は凹凸が多いため、ガス分子は表面に吸着されやすい。ガス分子が表面に吸着されると、酸化物の表面から酸素分子が放出される。この結果、導電率が変わりセンサとして働く。酸化物半導体セラミックとしてSnO2(二酸化スズ)が一般的だが、日立はどのような材料を使っているのか明らかにしていない。
さて、一度付着したガス分子が酸化物半導体の表面に吸着していれば、次の測定にはキャリブレーションしておかなければ使えなくなる。このため、ヒータで400℃に加熱して吸着したガス分子を飛ばす。このようにして初期化できるため、センサを再現よく使うことができる。ガス分子は一瞬で吹き飛ぶという。消費電力はヒータで加熱するときが最も大きい。
発表会では実際にワインを飲み、飲む前の呼気と飲んだ後の呼気についてデータをとった(図3)。ワインを200ml飲んだ直後のセンサ波形と、飲酒していない波形を見る限り、有意差ははっきり出ている(図4)。しかも、3秒以内で判断できる。飲酒していない場合でもわずかなアルコールが検出されるのは、栄養ドリンク剤にも微量のアルコールを含んでいるためだとしている。試作検出器では、アルコールを飲むと赤いLEDが点灯する。アルコールが検出以下の値であれば緑のLEDが付くようになっている。
3つのセンサ出力からアルコール濃度を算出するのに、差分進化(Differential evolution)法と呼ばれるアルゴリズムを用いた。これは、ある想定値と実測値との差分をとりながら何度もやり取りを繰り返して真値に近づけていく、最適化手法の1つ。初期値には仮定を含まず、結果として最も確からしい値を最適値として出力する。雑音が多いデータや時間変化のデータなどから最適値を推定するのに向くと言われ、人工知能コンピューティングのアルゴリズムとよく似ている。
医療機関との提携も視野に
今回試作した検出器の定量精度は従来よりも3倍高まっているという。しかも、国内で酒気帯び運転状態とされる0.15mg/lの濃度に対して、その1/10程度の濃度まで測定できるほど検出感度は高いとしている。
今回の開発では、日立が先に呼気アルコール検出器を試作しており、それを見たホンダがクルマメーカーとしての要求を出し、共同開発に至った。今後、実用化に向けて、人間の個人差や民族差などがあることを考慮して医療機関とのコラボレーションが必要だと見ている。その上で、実証データの積み上げが重要になるとしている。検出器付きのキーレスエントリでは、飲酒していない人が代わりにテストしてもエンジンは掛けられるという欠点はある。飲酒事故対策としては万能ではない。ホンダは、ドライバをはじめ助手席にいる協力者への罰則をはじめとする、社会ルールも一緒に決めていかなければならないとして、実用化時期は言えないとしている。
参考資料
- 国民生活センター ホームページなど
http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20150219_1.html