欧州宇宙機関(ESA)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月6日、共同で開発を進めていた水星探査機「ベピコロンボ」の、打ち上げ前最後の大掛かりな試験が完了したと発表した。

現在のところ、打ち上げは2018年10月の予定で、約7年後の2025年12月の水星到着を目指す。

太陽に最も近い惑星である水星は、地球からの観測や探査機による探査が難しく、ほとんど手つかずの状態で、多くの謎が残されている。日本と欧州はベピコロンボによって、この太陽系最内縁の惑星に潜む謎の解明に挑むとともに、太陽系以外にある惑星の姿かたちや、地球のような惑星が他に存在し得るのかといった謎を解き明かす鍵もつかもうとしている。

連載の第1回では、水星にはどのような謎があるのか、ベピコロンボは何を探査するのかということについて解説した。第2回では、この水星に挑むベピコロンボの仕組みについて解説したい。

ベピコロンボの水星表面探査機(MPO、右)と水星磁気圏探査機(MMO、左)の想像図 (C) ESA

打ち上げ前最後の大掛かりな試験が完了した「ベピコロンボ」 (C) ESA

ベピコロンボを構成する「水星表面探査機」と「水星磁気圏探査機」

ベピコロンボ(BepiColombo)は、日本と欧州にとって初となる、大規模な共同ミッションである。これまで両者は、宇宙分野で共同研究をしたり、日本の探査機に欧州がセンサや小型着陸機を提供したりといったことはあったが、協力してひとつの探査機を造り上げたことはなかった。

「ベピコロンボ」という名前は、イタリアの天文学者ジュゼッペ(ベピ)・コロンボ(1920~1984年)に由来する。彼は水星の自転周期と公転周期が正確に2:3の比率であることを数学的に示し、また水星に行くために必要な膨大なエネルギーを、途中にある惑星の重力を利用することでまかなえることを考案し、米国の水星探査機「マリナー10」の軌道を設計するなどの功績をのこした人物である。

ベピコロンボは、ESAが開発した「水星表面探査機」(MPO)と、JAXAが開発した「水星磁気圏探査機」(MMO)の、大きく2機の探査機から構成される。

ひとつはESAが開発した「水星表面探査機」(MPO)、もうひとつがJAXAが開発した「水星磁気圏探査機」(MMO)である。両機は、第1回で紹介した水星の地表と内部、そして磁気圏という2つの大きな目標を、それぞれ個別に、ときには協力しながら観測する。

MPOは約1840kgもある大きな探査機で、機体の姿勢を自由に制御できる三軸姿勢制御という仕組みをもっており、太陽と水星に対して、常に同じ角度を保つことができる。これにより、水星の表面の地形を観測したり、鉱物や化学組成を調べたり、重力場の精密な計測を行う。

一方、MMOは約280kgほどの小さな探査機で、八角柱の形をしており、駒のように自ら回転することで姿勢を保つスピン安定式という仕組みを使い、水星の赤道面に対して、ほぼ垂直の姿勢を保つことができるようになっている。これにより、水星の固有磁場や、磁気圏と太陽風との相互作用など水星の周辺の環境を調べたり、大気を観測したりする。

ベピコロンボの水星表面探査機(MPO) (C) ESA

ベピコロンボの水星磁気圏探査機(MMO)

また、打ち上げから水星到着までは、この2機を地球から水星まで飛ばすための「電気推進モジュール」(MTM)も装着される。MTMにはその名のとおり、電気推進エンジンのひとつであるイオン・エンジンが装備されており、その噴射でベピコロンボを水星まで送り届ける。さらに、MMOの周囲には、機体を太陽光から守るための「MMOサンシールド」という覆いも装着される。

MPOとMMO、そしてMTMとMMOサンシールドの4つのモジュールは、縦に積み重なるような形に合体した状態で、欧州の主力ロケットのひとつである「アリアン5」に搭載され打ち上げられる。打ち上げ日は、現在のところ2018年10月に予定されている。

打ち上げ後、ベピコロンボはまず地球と並走するように飛ぶ、太陽を周回する軌道に入り、MTMのイオン・エンジンを噴射しつつ飛行する。そして約1年半後の2020年に地球をフライバイし、続いて2020年と21年には金星をフライバイ。さらに2021年と22年、23年には水星をフライバイする。2024年にはさらに水星フライバイを3回こなし、徐々に軌道を変えていく。

そして2025年、7回目の水星接近時にMTMを分離し、MPOがもつスラスター(小型ロケットエンジン)を使って、水星のまわりを回る軌道に入る。MPOのスラスターはMTMの電気推進とは違い、推進剤を燃やすことで噴射のエネルギーを得る化学推進を使っている。水星までの道程は燃費が重要なのでMTMの電気推進を、水星周回軌道への投入時には燃費よりも一気にパワーが出せることのほうが重要になるので、MPOの化学推進スラスターを、というふうに使い分けられている。

水星到着後、MMOとMPOは分離され、それぞれ予定の軌道に入り、観測を開始する。運用予定期間は1年で、機器の状態などが正常ならもう1年伸ばせる可能性もあるという。

ベピコロンボは、MPOとMMOのほか、地球から水星までの推進を担当するMTM、そしてMMOを太陽光から守るサンシールドの、大きく4つのモジュールから構成される (C) ESA

ベピコロンボのミッション・シナリオ (C) JAXA/ESA

水星まで約7年、膨大なエネルギーが必要な道程

打ち上げから水星到着まで実に7年、さらにその間に地球を1回、金星を2回、そして水星を6回もフライバイするという、それだけでも一大叙事詩のような長旅である。

ちなみに地球と水星までの直線距離は、平均すると火星よりも近く、金星と比べても大差ない。火星や金星へ探査機を打ち上げれば、最短で半年ほどで到着することができる。

にもかかわらず、水星までは7年もかかるのには、そしてこれまで水星にマリナー10とメッセンジャーの、たった2機の探査機しか訪れたことがないのには、もちろん大きな理由がある。

水星は太陽に近い分、火星はもちろん金星よりも公転速度が速い。当然ながら地球よりも速いので、地球から打ち上げた探査機を水星へ向かう軌道に載せるためには多くのエネルギーが必要になる。そのエネルギーを、ロケットエンジンの噴射だけでまかなおうとすると、燃料をたくさん積んだ巨大な探査機にしたり、あるいはSF的なエンジンを積んだりといった必要があり、とても現実的ではない。

そこでベピコロンボは、地球と金星、水星の近くを複数回通過し、これらの惑星がもつ重力と公転速度を利用してエネルギーをもらう「スイング・バイ」を行うことで、水星探査を実現している。7年という時間は、このエネルギーを得るための交換条件のようなものである。ちなみにこのスイング・バイを使った水星探査こそ、ベピコロンボの名前の由来となったジュゼッペ・コロンボが考案した方法であり、そのおかげでマリナー10による世界初の水星探査が実現し、その後もメッセンジャーが、そしてベピコロンボも利用することになった。

さらにベピコロンボは、メッセンジャーよりも大きな探査機であることもあって、より多くのエネルギーが必要になるため、イオン・エンジンを長時間にわたり噴射することでもエネルギーを得る。前述のようにイオン・エンジンは燃費がとても良いので、通常のロケットエンジンと比べ、同じだけのエネルギーを出したい場合でも燃料が少なくても済むため、探査機を現実的な大きさに留めることができる。もっとも、イオン・エンジンは推力はとても弱いので、必要なエネルギーを得るまでには時間がかかってしまう。これも水星まで7年かかる理由のひとつである。

さまざまな手段を駆使してエネルギーを稼がなければならない水星探査の難しさについて、ベピコロンボの日本側のプロジェクト・マネージャーを務める早川基(はやかわ・はじめ)教授は、2015年に次のように語っている。

「地球と水星は、距離は近いですが、エネルギー的には遠いんです。水星の周回軌道に入るのに必要なエネルギーを、もし地球の外側に向けて使ったとすると、太陽の重力圏を抜け、太陽系から脱出できてしまうぐらいになります」。

水星へ向けて飛行するベピコロンボの想像図 (C) ESA

ベピコロンボのMTMに搭載されるイオン・エンジンの試験の様子。MTMにはこのエンジンが4基装備され、2基ずつ噴射しながら飛行する (C) NASA/JPL

灼熱の世界に挑む

水星の探査が難しい理由にはもうひとつ、太陽から近いことによる熱の問題もある。水星での太陽光の強さは最大で地球より一桁大きく、また水星の表面温度は最大で摂氏400度にも達するため、そこからの熱放射も大きい。

つまり探査機は、この灼熱の環境に耐えるのは当然ながら、熱に耐えつつ、正確で精密な観測ができるような性能が必要になる。

そのため、たとえばMMOの表面は鏡張りになっており、太陽光を反射しやすくし、熱が入ってくるのを極力防ぐと共に、探査機内の熱を宇宙空間へ逃しやすくしている。また、鏡が使えない箇所には温度上昇を抑えられる特殊な塗料や断熱材が使用されている。

またMPOにも、新開発の断熱材やラジエーター(放熱装置)を搭載するなど、さまざまな工夫が機体全体に取り入れられている。

水星付近の灼熱の環境に耐えるため、ベピコロンボにはさまざまな工夫が施されている (C) JAXA/ESA

(次回に続く)

参考

Preparing for Mercury: BepiColombo stack completes testing / BepiColombo / Space Science / Our Activities / ESA
水星探査プロジェクトMercury project: BepiColombo [ISAS/JAXA] ベピコロンボ計画とは
ESA Science & Technology: Missions to Mercury
BepiColombo operations / Operations / Our Activities / ESA
・[ベピコロンボ(BepiColombo) 国際水星探査計画( http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/mmo_20170706.pdf )