欧州宇宙機関(ESA)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月6日、共同で開発を進めていた水星探査機「ベピコロンボ」の、打ち上げ前最後の大掛かりな試験が完了したと発表した。
現在のところ、打ち上げは2018年10月の予定で、約7年後の2025年12月の水星到着を目指す。
太陽に最も近い惑星である水星は、地球からの観測や探査機による探査が難しく、ほとんど手つかずの状態で、多くの謎が残されている。日本と欧州はベピコロンボによって、この太陽系最内縁の惑星に潜む謎の解明に挑むとともに、太陽系以外にある惑星の姿かたちや、地球のような惑星が他に存在し得るのかといった謎を解き明かす鍵もつかもうとしている。
ほとんど手つかず、謎だらけの水星
太陽系の惑星の中で、最も太陽に近い最内縁の惑星である水星。太陽に近いこと、金星や火星などと比べはるかに小さい天体であること、そして地球から見える位置の問題から、直接その姿を見ることは困難だった。
宇宙に打ち上げた望遠鏡で見ようにも、やはり太陽が邪魔をし、探査機を送り込もうにも、水星の公転速度は速く、その軌道に投入するためには大きなエネルギーが必要な上に、太陽からの熱や放射線に耐える工夫も必要だった。
こうした事情から、水星は長年詳しく観測や探査することが難しく、今なお探査機に至っては、1974年から1975年にかけて3回の水星フライバイ(接近して通過)を行った米国の「マリナー10」と、2011年から2015年にかけて水星を周回して探査した米国の「メッセンジャー」の、わずか2機しかない。すでに何機も探査機が送り込まれている金星や火星などとは異なり、水星探査はまだ始まったばかりなのである。
そればかりか、このわずか2回の探査から、研究者らが予想していなかった事実がいくつも見つかり、さらに多くの謎が生まれることになった。かつて水星はおもしろくない惑星として見向きもされなかった時代があったというが、今や火星などと勝るとも劣らない魅力で研究者を引きつけ、困惑させ、そして興奮のさなかに落とし込んでいる。
ベピコロンボはこの、たどり着くことさえ困難な、謎だらけの惑星である水星を訪れ、人類が水星を発見して以来の長年の謎と、そしてメッセンジャーの探査で新たに生まれた謎の究明に挑もうとしている。
米国の水星探査機「メッセンジャー」が撮影した水星。ベピコロンボが挑むのは、この月のように見える、しかし月とはまったく異なる天体である (C) NASA/JHU APL/Carnegie Institution for Science |
水星に行くのは困難で、これまで2機の探査機が送り込まれたのみである。画像はそのうちの1機の「メッセンジャー」 (C) ESA |
水星の地表と内部の謎
ベピコロンボの目的のひとつは、水星の表面と内部に潜んでいる謎の解明である。
たとえば水星の地表は、クレーターが多い場所と少ない場所に分かれており、その姿かたちは月と同じように見える。そのためかつては、水星と月は同じような天体だと考えられていたこともあった。
しかし、メッセンジャーが詳しく探査したところ、月とは異なる鉱物がたくさん見つかり、実は似て非なる星であることがわかった。このことから、月とは異なる作られ方をしたのではないかと考えられている(もっとも、月がどのようにしてできたかもまだ結論は出ていない)。
また、現在の水星は、太陽にとても近いところを回っているが、ずっと昔にはもっと外側を回っていたのではないか、と考えられている。メッセンジャーによる探査で、水星の表面にはふしぎな穴のような地形がいくつも見つかった。これは内部から揮発性の物質が蒸発し、抜け出したと考えられる。しかし、もし水星が最初から太陽に近いところでできたのであれば、そもそも内部に揮発性の物質が入り込むはずがない。
この謎を説明するひとつの仮説として、水星はまず、今よりも太陽から遠く離れた寒いところで形成され、それが何かの拍子に水星(あるいはその他の天体も)が大移動するような出来事が起きて今の場所に到着。そして太陽に照らされて揮発性物質が蒸発し、この穴ができた、というものが唱えられているが、まだ結論は出ていない
さらに水星の表面には、溶岩平原と呼ばれる、溶岩が流れ出てできたと考えられる平原が、大規模な範囲で見つかっている。分析の結果、これは約10億年前に火山活動が起き、その結果としてできたものと考えられた。しかし水星ほど小さな天体は、いくら太陽に近いとはいっても、その内部はすぐに冷えてしまうはずで、10億年前という"つい最近"に火山活動が起こっていたとは考えにくいのだという。
ベピコロンボの探査によって、こうした水星がどのように形作られ、そしてどのような進化の歴史をたどってきたのか、という謎が解明できるのではと期待されている。
水星の磁気圏の謎
ベピコロンボのもうひとつの大きな目標は、水星の磁気圏の探査である。
太陽系の「地球型惑星」、すなわち表面が岩石などの固体でできている惑星である、水星と金星、地球、火星の中で、磁場をもっているのは地球、そして弱いながらも水星だけである。
磁場ができるためには、天体の内部に溶けた金属核があり、それが熱対流を起こして動くことで電流が生み出される必要がある。地球の内部に金属核があることは知られているが、水星にもあるのかどうかはまだわかっていない。
というのも、前述の火山活動のように、水星は小さくすぐ冷えてしまうため、金属核も冷えて固まってしまっていると考えられている。だが、今も磁場があるということは、たとえば過去に生じた磁場が残っているのかもしれないし、あるいは今なお溶けた金属核が存在するのかもしれない。
また、メッセンジャーによる観測から、水星の磁場の形が、やや北側に偏っていることがわかっている。磁場の形成には内部構造がかかわっていることから、いったいどのような内部構造であれば、このような偏りが生まれるのかという謎も浮かび上がった。
こうした謎を解明するため、水星固有の磁場を詳しく観測し、その形状を探ろうとしている。
また、太陽から飛んでくる、太陽風と呼ばれる秒速数百kmもの高速ガスがこの磁場に衝突すると、「磁気圏」という構造が形作られる。地球にある磁気圏は、太陽風が直接、地球の表面にぶつかるのを防ぐバリアとなって、私たちを守ってくれている。この地球の磁気圏がどういうもので、そこでどんな現象が起きているのかは、まだ謎も多いが、多くの衛星が打ち上げられて観測が続いている。
一方、水星は地球より太陽に近く、磁場そのものの力も弱い。そのため水星の磁気圏は、地球のものと形や構造は似ていても、まったく異なる性質をもっていると考えられている。たとえば水星磁気圏には、予想をはるかに超える高エネルギーの電子が飛び交っていることが発見されており、地球とは異なるメカニズムの、ダイナミックな磁気圏現象が起きているのではと考えられている。
そこでベピコロンボは、水星の磁気圏で何が起こっているのか、そして地球の磁気圏とは何が違うのか、あるいは同じなのかといった謎にも挑む。
また、水星にわずかにある大気には、ナトリウムなどの重い粒子成分が含まれていることがわかっているが、どのようにして生成されているのかはわかっていない。一説には、水星の磁場が弱いために、太陽風が水星の表面にほぼ直接衝突し、それによりナトリウムが叩き出されているのではないかと考えられている。こうした水星大気と太陽風との関連も、ベピコロンボが解明を目指す謎のひとつである。
こうしたさまざまな難題に挑むため、そして何よりたどりつくだけでも困難な水星に挑むため、ベピコロンボにはさまざまな工夫が施されている。
(次回に続く)
参考
・Preparing for Mercury: BepiColombo stack completes testing / BepiColombo / Space Science / Our Activities / ESA
・ESA Science & Technology: Missions to Mercury
・水星探査プロジェクトMercury project: BepiColombo [ISAS/JAXA] 水星のふしぎ
・ISAS | 内惑星探訪 / ISASコラム
・ベピコロンボ(BepiColombo)国際水星探査計画