第503回で、エアロヴァイロンメント製の自爆突入型無人機(UAV: Unmanned Aerial Vehicle)、「スイッチブレード」の写真を載せた。ところがこの写真、なんと飛行中の無人機から発射している様子を撮影したもの。無人機から無人機を発射する。親亀小亀である。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
MQ-9に載せることで射程延伸を実現、との説明
件の写真は、2025年の7月22~24日にかけて、アメリカはアリゾナ州のユマ実験場で行われた試験の際に撮影されたもの。発射母機はゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)のMQ-9リーパーだ。
MQ-9は当初から、AGM-114ヘルファイア対戦車ミサイルやGBU-12/Bペーブウェイ誘導爆弾を搭載できる。にもかかわらず、どうしてまた、スイッチブレード600を搭載する試験をしたのだろうか。
エアロヴァイロンメントは、「この試験により汎用性と射程延伸の実証ができた」と説明している。MQ-9は衛星通信を介した遠隔管制が可能だが、スイッチブレード600の発射試験でも、衛星経由で管制しながら交戦するシナリオが設定された。
スイッチブレード600の動力は電動で、チューブ発射式で折り畳み式主翼を装備する。重量50lb(22.7kg)、航続時間40分、ダッシュ速度は115mph(約184km/h)。当初モデルのスイッチブレードよりも大きくなって射程は伸びたが、個人で持ち歩くには少々つらそうな重量ではある。
速度性能と航続性能からすれば100kmかそこらは飛べると思われるが、地上から発射する限り、それが限界である。ところが、これを他の航空機に載せて空中発射すれば、さらにリーチを伸ばすことができる。
そして、MQ-9は前述したように衛星経由の管制ができるから、地平線や水平線の向こうまで進出可能だ。「射程延伸の実証」とは、そういう意味であろう。
スイッチブレード600の管制には、タブレットPCベースの機材を使う。しかしMQ-9に載せる場合には、通信手段が問題になる。地平線や水平線の向こう側までリーチできる通信手段がなければ、「MQ-9に載せてリーチを伸ばす」が画餅と化してしまう。
すると、タブレットPCをMQ-9用の地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)に接続するのが現実的と思われる。そうすれば、GCSと機体を結ぶ衛星通信に相乗りできる。新たに衛星通信用の端末機を用意しなくてもいい。
MQ-9の立場から見ると
では、これをMQ-9の立場から見るとどうなるか。すでにMQ-9が運用できる空対地の精密誘導兵器は複数あるのに、手駒を増やす意味は何か。
まず、AGM-114ヘルファイアやペーブウェイと比べると、スイッチブレード600の方が小型で軽い。ヘルファイアは50kg前後あるが、スイッチブレード600なら半分で済む。兵装架さえ確保できれば搭載数を倍増できる可能性がある。
そしておそらく、ヘルファイアよりスイッチブレード600の方が安い。小型軽量ということは威力も小さいということで、ヘルファイアではオーバーキルになる場面でも使いやすい。
また、ヘルファイアは撃ったら目標に向けて超音速ですっ飛んでいくだけだが、スイッチブレードは一応“飛行機”であるから、他の自爆突入型UAVもそうであるように、目標上空を遊弋させておいて目標を見つけたら突っ込ませる、なんていう使い方ができる。
それに加えて、エアロヴァイロンメントでは「スイッチブレード600は目標再設定も可能」と説明している。するとヘルファイアよりも柔軟な運用ができる。「状況が変わったので攻撃中止、上空待機」なんてこともできるだろう。
つまり、MQ-9とヘルファイアとの組み合わせでは実現できなかった柔軟性や、交戦にかかる経費の低減、オーバーキルの回避、といったメリットを見出して、こんな実験をしてみたのではないかと思われる。
ただ、すでに適合性試験を済ませているヘルファイアやペーブウェイとは外見も重量も違う新手の吊るしものだから、空力関連の試験や、安全な分離ができるかどうかの検証試験は、有人戦闘機に新たな兵装を載せる場合と同様に必要であろう。
スイッチブレードの立場から見ると
では、この試験をスイッチブレード600の立場から見るとどうか。
地上発射の場合、速度ゼロの状態で静止した発射機から撃ち出す。ところが空中発射の場合、すでに速度がついた状態で撃ち出すことになる。すると、空力的な条件などが違ってくる。
その状態で、確実に主翼と尾翼を展開して、姿勢を安定させて、正常に飛行できないと仕事にならない。事前にシミュレーションや風洞を用いた検証も行うのだろうが、やはり最後は実際に試してみなければならない。
GA-ASIは2020年に、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)の「グレムリン計画」から派生する案件として、小型UAV「スパローホーク」をMQ-9の翼下から空中発進させる試験を実施したことがある。
スパローホークは自爆突入型UAVではなく偵察用UAVだが、発射に際してついて回る条件は、似たようなものであったろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。
