今回は、夏休みの季節ということで軽めの話題。
しばらく前の話になるが、フィンエアーの国際線向けA350-900が導入しているビジネスクラスの新シート「AirLounge」に搭乗する機会があった。導入当初から「ユニークなプロダクトだなあ」と思う一方で、実際に使ってみないと分からない部分もありそうだなとと思っていた。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
ビジネスクラスの特長を生かすカギはシートの配置
「AirLounge」の担当メーカーは、RTX傘下のコリンズ・エアロスペース。主としてアビオニクスの分野で知られている会社だが、旅客機のシートも手掛けている。
もともと、この構造を考え出したのはイギリスのPriestmanGoodeというデザイン会社で、それをコリンズ・エアロスペースが製品化、その際にデザインワークでフィンエアーとタンジェリンが関わった。
Rethinking Business Class travel: Finnair’s spacious new seat means business(Collins Aerospace)
目下の国際線ビジネスクラスでは、「フルフラット」と「全席通路アクセス」は当たり前で、さらに「個室化」のトレンドが加わっている。そのすべてを兼ね備えた一例が、以前に紹介した全日空の「The Room」であり、日本航空のA350-1000であるわけだ。
客室内のスペースを最大限に生かしつつ、「フルフラット」と「全席通路アクセス」を実現しようとすると、シート配置のパターンはいくつかの種類に収斂する。「一人あたりのスペースの充実」と「定員の確保」を両立させようとすれば、配置の仕方で工夫をするしかない。そこに乗る人間の寸法は変わらないのだから。
配置は、リバースヘリンボーンの一種か
日本航空のA350-1000は、いわゆるスタッガード型。左右で着座位置を互い違いにして、寝るときには脚を前席の横に突っ込む。その上にサイドテーブルをしつらえる形となる。大きなサイドテーブルがあるのは、実際に使ってみるとなかなか便利だ。食事中・睡眠中にラップトップやスマートフォンを置いておける。
前向きと後ろ向きのシートを互い違い組み合わせたのが、全日空の「The Room」や、カタール航空の「Qsuite」。幅方向の余裕を大きくとれるのが、この配置の利点。こちらもやはり、脚を突っ込む空間の上にテーブルを確保できる。 そして多数派と思われるのが、腰掛を斜めに配置するリバースヘリンボーン。日本では以前から、日本航空の「JAL SKY SUITE III」がある。斜め配置にするとシートの側面に空間ができるから、そこに後席の人が脚を突っ込む按配となる。
フィンエアーが2022年頃から導入している「AirLounge」も、リバースヘリンボーンの一種といえる。ただしシェルの形状の違いから、脚を突っ込むスペースの上部は奥行きが小さくなっている。以下の写真で比較してみてほしい。
RTXでは「すっきりしたラインとダークで心地よい配色は、ヘルシンキ空港のラウンジ(非シェンゲン側)でも見られる北欧デザインのスタイルを踏襲」と説明している。
可動部が少ない、ソファみたいな設計
「AirLounge」がユニークなのは、一般的な「電動でフラットになるシート」を使っていないところ。シェルは全体的に曲線基調で、背ずり部分の幅が広く、傾斜角は一般的な腰掛よりも大きい。その状態で固定されていて、可動部分はない。
座ると、右側または左側に、後ろの席の人が脚を突っ込むための空間(と、それをカバーするサイドテーブル)があるが、一般的なリバースヘリンボーン配置のシートと比べると幅方向に余裕があり、閉塞感が少ない。
その理由は……と考えてみたところ。まず、通路側に物入れやテーブルなどの部材がなく、座面が広くなっていること。そして、サイドテーブルの後方に収納スペースの「箱」が立ち上がっておらず、背ずりの延長になっていること。
足元の空間は、電動式のレッグレストを展開すると手前側が埋まる。その前方に少し残る隙間は別途、手動式のクッションを持ち上げて塞ぐ構造。電動はレッグレストだけで、全体で見ても可動式の部材はこの2点だけ。これが「AirLounge」の面白いところ。
足元の空間を塞ぐことで、いわば「座椅子」みたいな空間ができる。これは冗談でもなんでもなくて、フィンエアーのWebサイトでも「床に座るのが一般的な、日本文化の影響を受けた」と書いている。
フラットなだけでなく幅方向の余裕があるから、姿勢の自由度が大きい。なんだったら、胡座も正座もできる。寝ているときには、寝返りを打てる。これは体格次第のところもありそうだが、筆者みたいに痩せ型だと余裕は十分。
座面の下に薄い空間があるが、そこは後席の人が物入れとして使う仕組み。トランクは無理そうだが、靴や、小さめのバッグぐらいなら入る。サイドテーブルの前方にも、収納ボックスがある。
旅客以外の視点から見たメリット
ここまでは「旅客目線」の話だが、機体を運航する側にとってもメリットがある。
まず、電動式の部材が1つしかないから、構造がシンプルでメンテナンスの手間が減る。動くメカが少なければ、故障する可能性がある部位も減る。当然、軽量にもなるだろう。
また、全体的に隙間が少ないから、隙間にモノを落としてしまうトラブルも少なくなると期待できる。すると客室乗務員にとっては助かる話といえる。
背ずりが固定式だから、当然ながら「離着陸の際に元の位置に戻してください」というプロセスは必要なくなる。ただしレッグレストは収納しなければならないが。
当節のビジネスクラスのシートときたら、動く箇所とスイッチがたくさんあって、取扱説明書がないと困ってしまうものだが、「AirLounge」は比較的わかりやすい。
もっとも、他に類例のないプロダクト、かつ自由度が高いからこそ、「こんな風に使ってみてくださいね」というサゼッションは欲しいところ。そこは当事者もわかっているようで、IFE(In-Flight Entertainment)には「座席の使い方」という動画コンテンツがあった。
ところで。最近、この「可動部を局限したシート」の新手が出現した。それが、全日空が2025年6月に発表した「THE Room FX」。ちなみに、こちらの担当メーカーはサフランだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。