東海道新幹線ができたとき、0系電車は「翼のない飛行機」と呼ばれたそうだ。もっとも、それは外見だけの話ではなく、新幹線電車の開発にも、航空関連の技術がいろいろ関わっている。構体の構造については第480回で取り上げたが、その他の話も拾ってみよう。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • イギリスのヨークにある国立鉄道博物館には、JR西日本から寄贈された0系の先頭車(22-141)が保存されている。車内もほぼ、現役末期の頃のままだ 撮影:井上孝司

構体の静強度試験と疲労試験

飛行機の機体構造では、静強度試験と疲労試験が行われる。静強度試験とは、設計の際に定めた荷重をかけてみて、それに耐えられるかどうか(破壊に至らないかどうか)、過度の変形が生じないかどうかを確認するもの。それに対して疲労試験とは、繰り返し荷重に対して耐えられるかどうかを確認するもの。

  • AH-1Zヴァイパー攻撃ヘリを対象とする疲労試験の現場。要求値の2倍にあたる、20,000飛行時間分の負荷をかけた 写真: US Naval Air Systems Command)

新幹線電車の構体でも、同じことをしている。御存じの通り、新幹線電車ではトンネル通過の度に車内外に圧力差が生じて構体が膨らんだり縮んだりしている。事実、肘掛と壁の間に手を入れてみると、間隔が微妙に広がったり縮んだりするのが分かることがある。

これはレッキとした繰り返し荷重であり、それに耐えられなければ大変なことになる。実のところ、繰り返し荷重の回数という話になると、回数が多い新幹線電車の方が条件が厳しいかもしれない。

そしてもちろん、乗客や荷物を載せれば、その分の荷重もかかる。仮に1名あたり平均65kg、1両あたり90名とすれば、5,850kgの荷重がかかる。実際にはもっと多いことも間々あるから、それに見合った安全率を設定した上で設計する必要がある。

0系電車を設計・製作する過程では、構体を対象とする静強度試験の際に、抵抗線ひずみ計を用いた応力測定が行われた。実はこの手法、1930年代にアメリカで航空機分野向けに開発されたものが発端で、それが1950年代になって日本に入ってきたのだという。

といっても、ただ単にひずみ計をペタンと貼り付ければ済むというものではない。ゲージの製作に始まり、そのゲージを構体の供試体に接着する方法や、データをとる方法について、鉄道技研(当時)で研究開発が行われたのだそうだ。

振動学と台車の研究

一般的な鉄道車両は、ボギー車といって、車輪(正確には、左右の車輪と車軸が一体になっていて、これを輪軸という)を組み付けた「台車」に、回転できる機構を介して構体を載せている。だから、カーブを通過する際には台車が回転してレールの曲がりに追従できる。

その車体の走行安定性は、安全性と乗り心地の両方に影響する。ところが、X軸(前後方向)、Y軸(左右方向)、Z軸(上下方向)の3軸が関わる複雑な運動をするものなので、解析が一筋縄ではいかない。いちいち現物を作って走らせてテストするのでは、時間も経費もかかりすぎる。まず理論解析によって「あたり」をつけなければ、現物の製作にかかれない。

  • 新幹線電車の台車は、速く、安定して、安全に走るためのノウハウが結集された製品。写真は700系のもの 撮影:井上孝司

太平洋戦争が終わって少ししてから、鉄道技研(当時)を中心として「高速台車研究会」が発足した。そして台車の設計に見直しをかけて、上下の振動を正確かつ容易に解析できるようにした。さらに、左右方向の振動を解析するための研究が続いた。

もうひとつ、舵行動という問題がある。直線区間なのにグネグネと自励振動を起こす現象のことだ。高速で走っているときに自励振動が起きては困る。これを防ぐためには台車と車体の両方で構成する振動系の運動方程式をたてて、その解を調べなければならない。

実は、こうした振動解析の問題は、航空機でも同様について回る。以前に本連載で取り上げたことがある「フラッター」がその典型。これは、飛行中の航空機で空気の流れに起因する自励振動が発生する現象で、最後には機体が空中分解してしまう。そのため、航空機の設計に際して弾性学・振動学は不可欠のもの。

実は、鉄道車両用台車の振動研究などに際して、太平洋戦争終結後の帝国陸海軍解体、そして「航空禁止」で仕事がなくなってしまった、海軍航空技術廠(空技廠)の技術者が関わった話は有名だ。「航空技術者が関わった」までは広く喧伝されているが、具体的には、振動理論や機体構造設計の分野が大きかったという。

余談だが、同様に「航空禁止」の恩恵(?)を受けた業界として、自動車業界がある。空力、振動、軽量設計など、共通性がありそうな分野は、こちらにもいろいろある(参考 : 「RRR」Vol.71 No.10 (2024.10)「鉄道のダイナミクス研究を振り返る」)。

余談 : こんなところにも軽量設計

軽量設計というと、構体や動力関係の機器(主電動機、制御装置など)の軽量化はパッと思いつくが、それだけではない。たとえば腰掛の軽量化は、数が多いだけに効果も無視できないものがある。その辺の事情は、鉄道車両でも旅客機でも変わらない。

例えば、海老名のロマンスカーミュージアムに現車がある小田急3000形SE車。これは、車体や機器類だけでなく腰掛の軽量化にも留意した設計で、2人掛けで従来の半分となる33kgとした。1人あたりだと2で割って16.5kgだ。新幹線電車だと、腰掛の軽量化を一気に推し進めた車両として300系がある。こちらは1人あたりで従来車の28kgから12kgに軽量化したという。

  • あらゆる分野で軽量化を追求した300系では、腰掛も大幅な軽量化を実現した。座り心地にいくらか難があったのは否めないが、これはその後の車両で改善されている 撮影:井上孝司

実のところ、100系新幹線電車あたりを嚆矢とする「折り畳み式背面テーブル」は旅客機の腰掛と共通するアイテムであるし、軽量設計に加えて、背ずりを薄くしてスペースを稼ぐ設計も、なにやら共通性を感じる部分がある。

トヨタ紡織みたいに、鉄道車両の腰掛と旅客機の腰掛と、両方を手掛けているメーカーがある。以前にも書いたように、同社はANAの国内線向け787で普通席の腰掛を手掛けている一方で、新幹線でもE7系・W7系のグランクラス用腰掛を手掛けている。という話を新幹線の車中で書いていたら、ちょうど車内情報表示装置にトヨタ紡織の広告が流れて、「新幹線の腰掛も旅客機の腰掛も手掛けています」とアピールしていた。

ただし鉄道車両の腰掛と旅客機の腰掛には、ひとつ決定的な違いがある。それは回転機構の有無。鉄道車両の腰掛も、ヨーロッパでよくあるように固定式にしてしまえば軽量化につながるが、それは利用者が納得しない。

  • 日立がイギリスのロンドン&ノースイースタン鉄道(LNER)に納入したClass 801 “AZUMA” の、2等車の腰掛。これは日本の車両と違って方向固定。薄い背ずりなど、旅客機の腰掛に通じるものがある 撮影:井上孝司

逆に、衝撃が加わったときの配慮については旅客機の腰掛の方が条件が厳しい。また、レールに固定して前後間隔を変更しやすくする設計も旅客機に独特のもの。鉄道車両の腰掛は、個別に設置する脚台に載せる構造だから、配置やシートピッチを変えるのはひと騒動となる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。