今回は、技術・製品というよりインフラといった方がよいかもしれない。
飛行機は空気の流れを利用して揚力を発生させるものであるし、安定性や抵抗の多寡など、空気の流れが影響する分野は多い。だから航空機の開発に際して風洞試験は欠かせない。では、他の分野は?。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
日本の量産車で初めて風洞試験を活用したといわれるヨタハチ
筆者が中学生・高校生のころだったろうか。自動車メーカー各社がこぞって、空気抵抗係数の小ささを広告でアピールしていた時代があった。
もちろん、空気抵抗が少なければ、速度性能の面でも燃費の面でも効いてくる理屈だが、日本の道路の速度域でどの程度、明確な差異が出るかどうかは分からない。とはいえ、空力が大事な要素であると認識されているのは事実。
すると、単に形を決めるだけでなく、それが有意なものであることを検証するために、風洞試験をやらなければという話になる。飛行機でもクルマでも、空気抵抗が少なくなれば、馬力が小さいエンジンでも速く走れる。
ということで、トヨタがパブリカのコンポーネントを活用して小型軽量のスポーツカー「トヨタ・スポーツ800」(通称ヨタハチ)を開発したときに、回流水槽試験や風洞試験を実施した。開発責任者を務めた長谷川龍雄氏によると、「量産車として、日本で最初に風洞試験をやったのがヨタハチ」だそうである。 なにしろ長谷川龍雄氏、太平洋戦争が終わるまでは航空機メーカーに勤めていた技術者だったから、そちらの業界の流儀を自動車業界で生かしたことになる。自動車メーカーだけでなく鉄道業界でも、戦後、航空業界から転じた技術者が活躍した話は知られている。
意外なところで風洞試験が使われる
普通、風洞試験というと「空気抵抗について検証する」ものだと思われがちかも知れないが、実際のところ、そうとは限らない。
例えば、新幹線電車では空力騒音に関する検証を目的とする風洞試験が行われている。このため、鉄道総研が米原に風洞試験施設を設置・運用しているが、ここの風洞施設は、騒音計測を考慮して測定部が無響室になっているのが特徴だ。
また、建物も風の影響を受けるのは、「ビル風」という言葉があることでお分かりの通り。そこで、建物を設計する場面などで風洞試験を行うことがある。
風洞試験とCFDの併用
ただ、風洞試験を行うには専用の設備が必要になる。その設備にしろ、試験に使用する模型をいちいち製作する手間にしろ、コストを押し上げる上に時間を要する原因になる。もっとも、模型については近年、3Dプリンタの出現で状況が変わってきているかもしれない。
誰でも見えるところにある風洞試験施設というと、先に挙げた鉄道総研の施設があり、これは米原駅の南方、線路の東側にある。そのため、東海道新幹線の車窓からもよく見える(3列側のA席がお勧め)。そして、車窓から眺めるだけでも、この施設がけっこう大がかりであることが分かる。なにしろ長手方向が100m近くある。
ともあれ、大がかりな風洞試験施設の利用を最小限にとどめつつ、空力的な検討を行えないか、という話が出てくるのは無理もない。
そこで航空機の設計では数値流体力学(CFD : Computational Fluid Dynamics)を活用しているが、これは流体が関わる製品を扱う、他の業界にも共通する話となる。それも、自動車や鉄道車両といったヴィークル分野だけでなく、建築物や体内の血流といった話まで出てくる。
ただ、CFDだけで完璧な解析ができるとは限らないので、実際には風洞試験も併用することが多いようだ。するとCFDは、(以前にも同じことを書いたかもしれないが)さまざまな選択肢について検証して絞り込むツールとなる。
格子生成の自動化プログラム
コンピュータ・シミュレーションによる流体解析では、「流体解析のための格子生成」というプロセスがある。これは、解析の対象となる領域を多数の小さな空間に分解して、個別の空間ごとに計算処理を行うもの。もちろん、一般論としては細かく分ける方が高精度の計算処理を行える理屈だが、細かくするほどに計算量が増えて、コンピュータの負荷が大きくなる。
その辺の事情は、ステルス機を設計する際のレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)の計算と似ている。そこで「細かくしたいところは細かく、それほどでもないところは大雑把(?)に」と使い分ければいいのだが、昔はそれを人間の手作業で行っていた。当然ながら時間がかかる。
そこで、その格子生成を自動化するプログラムが開発された。これは航空機の業界に限らず、CFDを活用するさまざまな分野に波及効果をもたらしてくれている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。