第468回で、表面塗装にリブレット加工を施すことで抵抗低減を、ひいては燃費の低減を図る、日本航空の取り組みを紹介した。一方、米空軍では空力デバイスによって燃費低減を図る取り組みをしているので、そちらも紹介してみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
塵も積もれば大山となる
だいぶ前の話になるが、「アメリカ4軍(陸海空軍と海兵隊)の中で、もっとも燃料費がかかっているのは空軍である」と知って、びっくり仰天したことがあった(ちょっと記憶があやふやなところがあって、燃料費ではなくて燃料消費量であったかもしれない)。
多数の車両を走らせている陸軍や、大きな艦艇を世界各地で航行させている海軍の方が上かと思ったら、違うのだ。しかし冷静に考えれば、「グローバル・リーチ」のために大型の輸送機をたくさん飛ばしているのだから、さもありなん。
しかも価格ベースで考えると、陸軍の車両や海軍の艦艇が使用している軽油より、空軍の航空機が使用するジェット燃料の方が単価が高い。これもまた、燃料費を押し上げる一因になると思われる。
裏を返せば、その「グローバル・リーチ」を支える輸送機群が使用する燃料を節減することで、大きなメリットにつながることになる。数が多いから、塵も積もれば大山となろう。
そう考えたのか、米空軍で輸送機戦力を所掌している航空機動軍団(AMC : Air Mobility Command)は米空軍研究所(AFRL : Air Force Research Laboratory)と組んで、C-17Aの燃費低減に関する取り組みを進めているそうだ。
その名はマイクロベーン
そこで登場したのが「マイクロベーン Microvane」というデバイス。3Dプリンタを用いて、4in×16in(101.6mm×406.4mm)の細長いベーンを造り、それをC-17Aの後部胴体両側面に取り付ける仕組み。取り付けた状態を撮影したのが、以下の写真。
ノーマル状態のC-17Aを見ると、確かにこんなデバイスは付いていない。
取り付けた数は1ダースとのことなので、左右に6枚ずつ取り付けたようだ。上の写真でお分かりの通り、機軸と平行ではなく、後ろ下がりに取り付けてある。
「後部胴体下面にある貨物室扉の部分が上方に向けて持ち上がった形状になっており、そこで発生する空気抵抗を低減するのがマイクロベーンの狙い」であるという。
もともと、このマイクロベーンは、ロッキード・マーティンが特許を持っており、同社がメトロ・エアロスペース(Metro Aerospace)という会社にライセンスを出して導入が実現した。特許情報を見ると、「貨物室扉を設けるために反り上がっている後部胴体下面に渦流が発生して抵抗を生じるが、それを抑制するのが狙い」と説明されている。
抵抗低減の効果は1%とされる。それがそのまま燃費の低減になるとすれば、燃料消費が1%減る。空軍の試算では、年間1,400万ドルの経費節減につながり、マイクロベーンの設置にかかる経費は7カ月で回収できるとされる。
また、燃料消費が減るということは、その効果を燃費低減につなげるだけでなく、航続距離の延伸に振り向けることもできるはず。あるいは、燃料の搭載量を少し減らして、その分をペイロードに回すという考えもありかも知れない。といっても、低減効果が1%では、どこまで顕著な変化につながるかは分からないが。
この仕組みを応用して、主翼の端部に発生する渦流を抑制して抵抗の低減につなげる特許も登録されている。目指すところはウィングレットと同じだが、同様の効果を、大がかりな改造を必要とせずに実現しようと考えたところがキモ。
マイクロベーンは接着剤で取り付ける
2025年1月の時点で、6機のC-17Aがマイクロベーン設置の改修を受けている。必要な数の機体が改修を済ませたところで、本格配備実現に向けた最終段階の評価試験として、6カ月がかりでLSA(Logistics Service Assessment)を実施することになっている。その後、C-17Aフリート全体に導入していくこととなろう。
マイクロベーンは機体の表面に接着剤で貼り付けるので、機体構造に穴を開けたり、リベットを打ったりといった作業は発生しない。すると取り付けが容易にできるし、機体構造に新たな弱点を作ることもない理屈。ただし、接着する部分の塗装を剥がす作業や、取付後に再塗装を行う作業は必要ではないだろうか。
また、外板に接着剤で貼り付けるわけだから、それまで存在しなかった負荷が外板にかかる可能性があり、そこは検討と評価が必要になったと思われる。
C-17Aは米空軍以外にも多くのカスタマーを抱えている。米空軍以外でもマイクロベーンを導入できれば、C-17Aカスタマー全体での燃費改善効果を期待できよう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。