民間機でも軍用機でも、飛行機と滑走路だけであれば用が足りるわけではない。整備点検や燃料補給、人や貨物の搭載・卸下、戦闘用機であれば兵装の搭載といった具合に、さまざまな作業を地上で実施する必要がある。すると、そのための機材も必要になる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • F-35は乗降用のラダーを内蔵しているので、地上側で用意する必要がない。空母搭載型を想定した設計を、他のモデルにもそのまま展開したためだろう 撮影:井上孝司

支援のための機材や車両が、いろいろ必要

例えば、空港の展望デッキから駐機場を眺めていると、スポットインした機体の周囲にさまざまな車両が取り付いて、一斉に作業を始める様子が分かる。車両が取り付くということは、その車両と、それを使って仕事をするスタッフが空港に常駐しているということである。

民間の定期便であれば、毎日、同じ機体が同じようなスケジュールで飛ぶことになる。それなら、機体やスケジュールに合わせて車両・機材・人員を配置しておける。ところが軍用機の場合には事情が違う。

まず、スケジュールが一定していない。次に、決まった基地から運用するとは限らず、「お出かけ」をすることがある。ことに外征型の空軍では、人手も車両も各種支援機材も、みんな本国の基地から現地に持って行かなければならない。

ときには、使うつもりの飛行場のインフラが不十分で、まず土木工事から始めなければならないこともある。1990年の湾岸危機に際しては、実際に、それに近いことが起きた。だから米空軍には、「レッドホース」と呼ばれる土木工事の部隊まである。

これが米海兵隊になると、開けた平らな土地を確保して、そこに穴開き鉄板を敷いて臨時滑走路を設営するところから話が始まることもあり得る。ただでさえ、地上支援機材や燃料や兵装など、持ち込まなければならないものがいろいろあるのに、さらに穴開き鉄板まで加われば大騒ぎだ。

そういう意味では、必要なインフラと機材一式をフネに載せて持ち歩いている空母の方が、まだしも恵まれているといえそうだ。

米空軍が企図するACE

もともと米空軍は、必要なインフラと資機材がそろっている地上基地を用意して、そこを拠点として航空作戦を展開する、という考え方でやって来た。「レッドホース」も、「インフラがなければ、自分で作ればいいじゃない」ということだから、考え方としては大きく外れたものではない。

ところが。冷戦崩壊後の「不正規戦・非対称戦の時代」を経て、また「大国同士・正規軍同士の交戦」に揺り戻してきた昨今では、違う考え方が必要になった。しかも、敵軍が持つ武器の能力向上や多様化があり、固定したインフラを持つだけでは、それが破壊されたら万事休す……という認識が出てきた。

そこで、「分散化」という話が出てきて、敏速戦闘展開(ACE : Agile Combat Employment)という考え方につながった。

これは、固定された基地施設を拠点として航空戦を遂行するとは限らず、分散基地、民間空港、あるいは道路を活用することで、航空機を運用できる拠点を増大させるとの考え方。

ただし単純に、「基地の滑走路が破壊されても航空機の運用を続けられるように、使用可能な滑走路を増やす」という話ではない。使用可能な滑走路を増やすとともに、手持ちの戦力を分散展開させて、敏速に移動させる。ひとつところに留まり続けるのではなく。

小規模な航空戦力があちこちに分散して、しかもそれが次々に移動することになれば、敵軍にとっては捕捉が難しくなる。これはなにも、現代になって初めて出てきた考え方ではない。1940年代にはすでに、フィンランドが冬季に多数の氷結した湖沼を活用して、同じことをやっていた。

  • フィンランドで実施した演習に参加して、道路上で離着陸を行った米空軍のF-35A 写真 : USAF

その後、スウェーデンやフィンランドが道路上で戦闘機を離着陸させるようにしたのも、考え方は同じ。滑走路でも道路でも、壊されたものは直せば良いが、戦闘機や、それを飛ばすための人員・資機材は簡単に取り返せない。それを護るためには敵に捕捉されにくくする必要がある。

こうした分散展開運用は、戦力保護だけでなく作戦面にも反映される。小規模な部隊が分散して動き回れば、敵軍に対しては、その戦力を個別に捕捉して交戦するための負担を増やすよう強いることになる。

ただし分散してバラバラに交戦するのでは戦力不足になるから、物理的には分散していても、ネットワークを活用して論理的には集中の利を発揮させるようにしたいところだ。

資機材のフットプリントを減らす必要性

しかし、ACEみたいな分散展開・機敏な移動を実現するには、発着できる場所を増やすだけでは話が終わらない。固定的なインフラに頼れないから、地上支援のための人員・資機材・物資をみんな車両に積み込んで、あちこち走り回れるようにする必要がある。

そうなると、その「地上支援のための人員・資機材・物資」のフットプリントをできるだけ小さくしたい。旅行に出るときと同じで、大荷物になれば準備の負担も移動の負担も増える。持ち歩く荷物が少なくなれば、それだけ機敏に動ける。旅慣れた人は往々にして荷物が小さい。

その一環として米空軍で、「F-16用の乗降ラダー」に話が及んだ。F-16の操縦席は高い位置にあるので専用の乗降ラダーを用意する必要があり、もしもACEということになれば、それも持って歩かなければならない。パイロットが乗降できないのでは、戦闘機は飛ばせない。

  • 米空軍のアクロバットチーム「サンダーバーズ」のF-16。使用しているラダーは比較的、小型軽量とはいうものの、畳んで機内に積むのは無理そう 撮影:井上孝司

ところが、これまで使用していたF-16用の乗降ラダーは、かなり嵩張る品物だった。そこで、イタリアのアビアノ基地に所在する第31戦闘航空団で、「縄梯子みたいな構造にしてコンパクトに折り畳み、箱に入れて持ち歩けるようにした乗降用ラダー」を考案した人がいるそうだ。

さすがにスウェーデンはそこのところをちゃんと考えている。JAS39グリペンでは、人がひとりで持って歩けるような、比較的コンパクトな乗降ラダーを用意している。艦上運用を前提としているF-35は当初から乗降ラダーを内蔵していて、これが最善ではあるのだが。

まだ考慮しなければならないことはある。機体と地上側のあれこれについて、誰がどこにいて、どんな状態にあるかをリアルタイムで把握した上で、適切に所在をマッチングさせる仕組みも構築しなければならない。口でいうのは簡単だが、実行するのは簡単ではなさそうなのがACEである。それだからこそ、ACEの演習をあちこちでやっているわけだが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。