10月16~19日にかけて東京ビッグサイトで「国際航空宇宙展2024」(JA2024)が開催された。今回からはちゃんと、「2024国際航空宇宙展」(以下、JA2024)の会場で取材した話を基にして書いてみる。最初のお題は、デジタル・エンジニアリング。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
ダッソーとアンシスがデジタル・エンジニアリング関連の展示
実は今回のJA2024、過去の「国際航空宇宙展」と比べると、華々しさを欠いた一面がある。実機や実大模型の展示どころか、スケールモデルの展示すら少なくなっていた。もっともこれは、旅客機も戦闘機もひととおり、機種選定が終わってしまい、将来像が見えて来たタイミングだから、という事情が大きかろう。
何かを売り込みたいから展示会に出展するのであって、売れるアテがないものを展示するために(たぶん)安くはない出展料を出すのは、割に合う話とはいえない。言い方は悪いが、釣った魚にエサはやれない。
一方で、個人的に着目して積極的に見て回ったのが、ミッション・エンジニアリングやモデルベースのシステム工学(MBSE : Model-Based Systems Engineering)が絡む部分の展示だった。
JA2024みたいなイベントであれば当然、「航空機の開発・製造に使用するツールや手段」の話も出てくる。そして近年、航空機の高度化・複雑化が進み、しかも安全に関する要求は高まる一方。そうした状況下で、できるだけ迅速かつ低リスクに開発・製造を進めるにはどうするか。
そこに、「デジタル・エンジニアリングの活用」という話が出てくる。すると、そこで用いられるプラットフォームを手掛けるベンダーは、力を入れて展示をすることになる。
例えばダッソー・システムズでは、「最初の要件定義から始まり、最終的に設計が確定して設計図を出図、製造工程に回すところまで、すべてのプロセスをカバーできるプラットフォームがあります」とのお話を伺った。そこで扱うデータは最終的に、型式証明を取得する場面でも活用するのだという。
そうやって開発を進める過程で、さまざまなサブシステムやコンポーネントの話に落とし込んでいく必要があるので、そこは当然ながらMBSEの出番となる。
また、コンピュータ上でモデルを造れば、いちいち実物を試作する手間を軽減できる。コンピュータ・モデルで検証を行い、さまざまな案を比較検討したり、不具合の発生をフィードバックして設計を手直ししたりすれば、試行錯誤を経て最適解を追求するプロセスを、より迅速かつ低リスクで回せるかもしれない。
アンシス・ジャパンでは、モデリングやシミュレーションに関わるさまざまなソリューションをアピールしていた。
アクチュエータから具体例を考えてみる
そこで、実際にそういう話が起きているかどうかとは関係なく、「こんなことができるんじゃない?」という話を、筆者の文責の下で考えてみたい。
もともと筆者は「国際航空宇宙展」みたいなイベントに行くと、搭載する機器類を手掛けているサプライヤーのブースを訪れることが多い。機器の現物を見て、お話を伺える機会は、こういうときぐらいしかないからだ。
そんな「機器の現物」の一つに、動翼を動かすために使用するアクチュエータがある。
動翼を動かすには、風圧に逆らうために大きな力を出す場面が多い。そこで、動力源としては油圧を用いることが多い。ただし最近では、電動化するケースが増えている。そうやって動力源が変わっても、最終的に動翼を動かすための作動機構を造らなければならないところは変わらない。
ところが、航空機の運用環境は過酷だ。中東の砂漠の中にあるような国に行けば最高気温は50度ぐらいまで上がるし、成層圏に上昇すれば氷点下50度ぐらいまで気温が下がる。100度も温度変化があれば、金属製の部材は相応に伸縮する。それによって変形が生じたら、作動機構の動きが妨げられるかもしれない。
では、金属に対する熱の影響をモデリングできるソフトウェアがあればどうなるか。
まず、アクチュエータを設計してみる。素材と形状と設置場所が決まれば、どこにどの程度の温度変化が生じるかが分かってくる。そこで、温度変化が生じたときに、どんな変形が生じるかを、シミュレーションで検討する。
その結果として「この構造、この設計では、この部分が過剰に変形してアクチュエータの機能を妨げる」なんて話が出てくるかもしれない。そうなったら設計をやり直すことになるが、変形する部分、それによる影響を受ける部分をモデリングとシミュレーションで追及できれば、設計の見直しが早くできるかもしれない。
実際、航空機の動翼で使用するアクチュエータの設計では、この温度変化の大きさが難しいポイントになる、との話を、あるメーカーで伺った。そこで試行錯誤のプロセスに直面したら、それを可能な限り迅速に片付けて、最終的な設計を固めたい。そこでデジタル・エンジニアリングを活用できませんか、なんてことを考えてみたわけだ。
航空機ではないが、人工衛星みたいな宇宙機。いったん打ち上げたら、地上から修理担当者を派遣することができない。だから、さまざまな状況を想定して「問題なく機能する設計」をしなければならない。
そこでは、デジタル・エンジニアリングの活用によって低リスクかつ迅速・確実に設計を進めることが求められる。小型で安価な衛星をどんどん打ち上げる、という傾向が強まっているから尚更だ。
ツールを入れれば済む問題……ではない
構造設計の分野では、もうずいぶんと昔から有限要素法(FEM : Finite Element Method)による解析が用いられている。それだけでなく、もっと幅広い分野で、コンピュータ上での計算処理によって問題解決を図れるようになってきている。
先に挙げた「熱と温度変化による影響の解析」は、その一例として持ち出したものだが、実際にはもっといろいろなタスクがある。それを可能な限りデジタル・エンジニアリングの活用によってクリアできれば、最終的に現物を造ってテストするまでのプロセスを迅速にできるかもしれない。
また、サブシステム同士、コンポーネント同士の相互作用についてMBSEを駆使して正しく把握するとともに情報共有を図ることは、完成品を組み上げていく過程におけるリスク低減のために重要な話。
ただ、ツールを導入するだけの話では終わらず、そのツールをどう活用して所望結果につなげていくか。そのための組織・体制づくりや意識改革が、実は最大の課題であろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。