エアバスA320ファミリーの新顔、A321XLR(eXtra Long Rangeの意)が、欧州航空安全機関 (EASA : European Aviation Safety Agency)の型式証明を取得した。エアバスがこれを発表したのは7月19日のことで、まずイベリア航空で就航する見込みとなっている。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
3種類のA321neo
A320ファミリーのうち、エンジン新型化によって経済性の改善を図ったのが現行モデルで、基本型のA320neoと、長胴型のA321neoがある。そのA321neoの航続距離は3,500nm(6,482km)。
A321LR
続いて登場したのが、燃料タンクを増設して航続距離を伸ばしたA321LRで、航続距離は4,000nm(7,408km)。具体的にどうしたかというと、A321neoは最大燃料搭載量が23,500リットルのところ、ACT(Additional Center Tank)という脱着式の追加燃料タンクを貨物室に搭載することで、最大33,000リットルに増やした。
爆撃機で、航続距離延伸のために爆弾倉に燃料タンクを追加する場合があるが、それと似ていなくもない。
ACTは1個につき3,120リットルの容量がある。これを、1~2個なら後部貨物室、3個なら後部貨物室に2個と前部貨物室に1個、それぞれ搭載する。もちろん、ACTが加わる分だけ貨物室のスペースを食われるので、コンテナの搭載数は減る。ACTがなければ前後に5個ずつ搭載できるが、ACTを3個搭載するとコンテナは6個しか載らない。
A321XLR
では、A321XLRはどうか。最大航続距離は4,700nm(8,704km)に伸びており、それに見合った燃料増載が必要になる。そこで、主脚収納室の後方にRCT(Rear Center Tank)を増設した。これはACTと違って脱着できず、容量は12,900リットル。さらに前部貨物室にACTを1つ追加すると、合計で12,900+3,120=16,020リットルの増加となる。その状態で、コンテナの搭載数は6個となる。
脱着可能なタンクは、タンクとその周囲にどうしても空間が残るし、接続と切り離しが可能な配管・配線も設置しなければならない。作り付けのタンクにする方が、そういう意味では無駄がなくなるから多くの燃料を搭載できるが、必要に応じて燃料タンクと貨物搭載量をトレードする柔軟性は失われる。
なお、A321XLRでは最大離陸重量が97tから101tに増えており、それを実現するために降着装置を強化、エンジン推力も増やしている。
なぜ、わざわざ単通路の超長距離モデルを?
普通、長距離路線というとワイドボディ機の出番である。昔はボーイング747が長距離国際線のキングだったが、その後、経済性に優れた双発機のボーイング777に取って代わられた。エアバスもA380を送り出したが、当初に目論んだほどには多くのカスタマーを獲得できずに終わっている。
そしてかつては、「ハブ&スポーク方式」なんて言葉が喧伝された。ハブ空港同士を大型機でまとめて運び、そこから各地の目的地に向かう路線に乗り換えてもらおうという考え方。なにやら、大型機を売るためにひねり出された論法という見方もできる。
ただ、実際に国際線を利用する立場からすると、乗り継ぎが発生するということは、遅延による旅程崩壊やロストバゲージ(いわゆるロスバゲ)のリスクがついて回るということでもある。
だから、筆者はMCT(Minimum Connecting Time)ギリギリの乗り継ぎを避けて、数時間程度のバッファをとるように留意している。待ち時間があってもラウンジで仕事をしていれば良いのだ。
ロスバゲや旅程崩壊のせいかどうかは知らないが、近年ではむしろ、直行便が多くなってきているようだ。ただ、需要が大きい区間ならともかく、需要が小さい区間で747やA380みたいな大型機材を入れても採算が合わない。その間隙を突いたのがボーイング787で、経済性の高さから、比較的需要が少ない長距離路線も成立するようになった。
単通路機で10時間オーバー……
そうした状況の延長線上に、A321XLRみたいな「超長距離単通路機」の話が出てくるのだと考えられる。あまり需要は多くないと見込まれる長距離路線、あるいはLCCが長距離路線の設定を企図したときに、ちょうどハマる機材というわけだ。
ことにLCCではA320ファミリーの導入事例が多いから、それと共通性を持たせつつ足を長くした機材は、フリートを経済的に維持・運用する観点からいってありがたい。
ただ、機内空間に余裕がない単通路機で10時間あまりの長時間フライトとなると、乗る側としては「ちょっとしんどくないか?」と思ってしまうのも事実。
1人あたりの席の広さが同じでも、機内空間の広がりがあるワイドボディ機は、単通路機と比べると気分的なゆとりがあるように思える。1人で同時に2本の通路を歩けるわけではないが。
ことに、扉、ギャレー、ラバトリーの周辺における空間の余裕は、明らかに差がある。いわゆるアルコーブ(引っ込み空間)である。それに、胴体は円形または楕円形断面だから、幅が大きいということは高さも大きいということ。それゆえ、頭上のゆとりもいくらか増している。
単通路機に、ある種の「窮屈さ」を感じる一因は、そのあたりにあるんじゃないかと思うのだが、いかがだろうか。数時間程度のフライトなら、それでも構わないのだが。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。