前回は、民間空港で発生している燃料不足の問題について、輸送手段の面から取り上げた。ジェット燃料を製造するのは製油所だが、そこから空港のタンク施設まで燃料を運び込まないと、飛行機に積み込むことができない。その輸送の部分にネックが生じている、という話であった。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

ジェット燃料の生産を増やせばいいじゃない?

それだけではなく、そもそも国内にある製油所で製造しているジェット燃料が足りていないのではないか、という話も聞かれる。実際、最近になって「韓国からジェット燃料を輸入する」との話が取り沙汰されている。

「需要があるんだから増産すればいいんじゃないの」といいたくなるのはやまやまだが、実はそこに、石油製品に特有の悩みがある。以前に書いた話の繰り返しになってしまうが、重要なことなので、もう一度。

油田で掘り出した原油は、精油所に持ち込んで精製を行い、さまざまな種類の石油製品を生み出している。どの石油製品でも主体は炭化水素、つまり炭素と水素の化合物で、全体では83~87%が炭素、11~14%が水素、残りが硫黄、窒素、酸素などとなっている。

ところが組成の違いにより、同じ炭化水素でも、以下に示したように、さまざまな石油製品に分かれる。

  • 石油ガス(メタン、エタン、プロパン、ブタン)
  • 軽質ナフサ(炭素数5~7)
  • 重質ナフサ(炭素数6~12)
  • 灯油(ケロシン。炭素数10~20。ただしジェット燃料は炭素数10~15)
  • 軽油(ディーゼル。炭素数10~20)
  • 重油
  • 潤滑油
  • アスファルト

これらは上から下に向けて順に沸点範囲が低くなり、炭化水素化合物の炭素数が減少する。ところが、原油はさまざまな炭化水素化合物が混ざった状態なので、そのままでは使えない。

そこで、精製という作業が必要になる。まず登場するのが蒸留で、精留塔という施設を使う。塩分を除去した原油を、熱交換機と加熱炉を使って、摂氏330度ぐらいまで加熱する。それを精留塔の下から吹き込むと、吹き込まれた原油は下から上に向かって上昇していく。

その精留塔の中には、下から上に向かって多数の「棚」が設けられている。吹き込まれた原油は、下から上に向かうにつれて徐々に温度が下がり、沸点範囲が高い成分から順に、液体になって棚に溜まっていく。

その棚に取出口を設けると、下の方の取出口からは沸点範囲が低い重質の成分が、上の方の取出口からは沸点範囲が高い軽質の成分が出てくる。いちばん下に残るものは「残油」と呼ばれる。

ジェット燃料「だけ」を作ることはできない

つまり、輸入した原油を精製プロセスにかけることで、一度にさまざまな石油製品を製造できる。一見したところでは便利そうな話に思えるが、特定の石油製品だけ需要が突出すると、困ったことになる。

なぜかというと、製油所でジェット燃料を製造すれば、必然的にガソリンも軽油も重油も一緒にできてしまうのだ。それらの比率がどうなるかは、大元となる原油の組成に依存する。

原油によって、軽質成分が多く含まれる原油がある一方で、重質成分が多く含まれる原油もある。ときには、硫黄分を多く含む原油もあり、それは脱硫処理の負担が大きくなる。

重質の石油製品に対して分解処理を行うと、分解ガス・分解ガソリン・分解軽油を製造できる。炭素同士の結合を “ちょん切る” 処理を行って、軽質の成分に造り替える手法だ。このうち分解ガスは、アルキル化装置にかけてアルキル化ガソリンに加工する。ところがここにはジェット燃料が出てこない。

自動車メーカーが燃費の改善にものすごい努力をしたおかげで、われわれのガソリン代負担という面では助かっている。ところが、石油メーカーにしてみれば、ガソリンの需要が減ればガソリン製造設備が遊んでしまう。その辺の事情はジェット燃料も似ている。

ホイホイとはジェット燃料の増産に踏み切れない

ところが、1機あたりの燃料消費が減っても、飛ばす機体が増えればジェット燃料の所要が増える。しかし前述した事情から、ジェット燃料「だけ」を増産することはできない。ジェット燃料以外の成分を捨ててしまうわけにもいかないし、そもそも捨て場所がない。

しかも航空機用燃料の分野では、SAF(Sustainable Aviation Fuel)の話もある。第SAFの話は第252回で紹介したが、SAFの利用が広まれば、その分だけジェット燃料の需要が減る。

  • 2022年、ANA Green Jet国内線専用機がSAFを搭載して初便就航 引用:ANA

それに加えて、昨今の世間のムードでは、そもそも石油化学製品に対する風当たりが強い。そんな状況下で製油所の設備増強に踏み切る判断はできないだろう。

こうした状況を鑑みると、石油メーカーの立場からすれば、ホイホイとジェット燃料の増産には踏み切れない。そこで海外から輸入することになれば、ジェット燃料の奪い合いが起きかねない。どうも八方ふさがりの感がある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。