今回のお題は「リバティ・リフター(Liberty Lifter)」計画。飛行機というべきかどうか、やや議論の余地が残る対象ではあるが、一応、空を飛ぶものではある。

ソ連が開発「カスピ海の怪物」

リバティ・リフターは、これまた米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が進めているプログラム。最初に話が出たのは2022年3月のことで、「長距離・大搭載量の海上輸送」を企図した。

  • リバティ・リフター(Liberty Lifter)のイメージ 引用:DARPA

一般的な排水量型の船だと、輸送能力は大きいが、スピードが出ない。航空機だとスピードは出るが、コストが高い。なんとかコストとスピードを両立できないかということでDARPAが考えたのが、低コストの地面効果翼機(WIG : Wing-In-Ground effect vehicle)を使う方法。

つづりは同じだが、もちろんウィッグとは何の関係もない。WIG機の外見は「左右に短い主翼を生やしたフネ」だが、空中に浮いて飛ぶ。ただし、その際の高度は数十cm~数メートル程度。地面効果を利用しているため、高く飛ぶことはしない。高度が上がると地面効果が乏しくなってしまう。

その地面効果とは、高度が主翼幅の半分程度になると、揚力が増す効果のこと。その理由については、「翼端渦の発生が抑えられて誘導抗力が小さくなり、結果的に有効迎え角が大きくなるため」と説明されている。

実は、WIGはそんなに目新しいものではない。米国防総省が冷戦期に毎年、議会向けに「ソ連の軍事力」(SMP : Soviet Military Power)という報告書を出していたが、そこで「ソ連が開発しているWIG」の想像図が載って話題になったことがある。題して「カスピ海の怪物」。カスピ海で試験を実施しているとされたからだ。

ソ連における名称はエクラノプランといい、数百トン級の機体まで作られた。主翼の平面型は矩形で、いわば「短い直線翼」という風体。どちらかというと、通常型の航空機に似た外見を持つ。

そのエクラノプラン以外に、他国では、底辺が前方に来る逆デルタ翼のWIG機や、前後に矩形の翼を並べたタンデム型のWIGなどが開発されている。ただ、実用化されて量産に至った事例は希。

WIGのメリットとデメリット

WIGは地面効果を利用するため、前述したように飛行高度は低い。そして、燃料消費の割には搭載量を大きくとれる利点があるとされる。DARPAがリバティ・リフター計画でWIGを採用することにしたのも、そういう事情があるためだろう。

WIGは事実上、海面スレスレの低空しか飛ばないから、機内を与圧する必要はないと思われる。それであれば、機体の内外に圧力差がかからないので、構造設計や疲労の面では有利になるかもしれない。

一方で、飛行高度が低いから、旋回の際に大きなバンクをとることができない(それをやったら海面と接触してしまう)。また、主翼が十分な揚力を発生できる速度まで加速させる手段をどうするか、という課題もあるとされる。

2社が競合した

そのDARPAのリバティ・リフターでは、オーロラ・フライト・サイエンスとゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)の2社が、2022年11月から2023年2月にかけて、研究開発契約を受注した。

さらに、2023年7月に両社ともオプション契約を受注、開発作業を続けた。その後、2024年5月にオーロラ・フライト・サイエンスが延長修正契約を受注しているが、GA-ASIの方は2024年6月現在、契約の追加は確認されていない。

例によって、2社の提案内容は異なっており(そうでなければ競作にする意味が怪しい)、GA-ASIの案は、双胴中翼型で12基のターボシャフト・エンジンを搭載する機体だと伝えられている。一方、オーロラ・フライト・サイエンスの案は、単胴高翼型で、8基のターボプロップ・エンジンを搭載する案だと伝えられている。

どちらにしてもWIGの常で海面から離着水するため、胴体部分は飛行艇と似た造りになる。

  • オーロラ・フライト・サイエンシズのデザインのアーティストによるリバティ・リフター(Liberty Lifter)のコンセプト 引用:DARPA

輸送機として見た場合のWIGの課題

DARPAのプログラムはみんなそうだが、技術の実証が目的で、実用品を作るのはもっと先の話。だからリバティ・リフターについても、「実際に輸送機として使用した場合にどうなのよ?」まで考えるのは、いささか先走りの気配がある。

それを承知の上で、あえて鬼が笑い出しそうな心配をするならば。WIGを輸送機として使用する場合の課題は、積荷の搭載・卸下ではないだろうか。左右に主翼が生えているから、艦船みたいに桟橋に横付けするようなやり方は難しい。

陸地に荷揚げをするにしても、まさか昔の戦車揚陸艦みたいに砂浜にのし上げるわけにもいかないだろう……と思ったら、そういう絵柄の想像図がいくつも出回っていてビックリした。しかし、本当に砂浜にのし上げるには、機首下面をそれなりに強固に作る必要があるだろう。また、平らな、障害物がない海岸を確保しなければならない。

ちなみに、海岸にのし上げた揚陸艦が離脱するときには、達着前に錨を降ろしておいて、その錨鎖を巻き取る方法で艦を海岸から引き離す。しかし航空機に重い錨鎖なんか積んでいられない。プロペラ・ピッチを変えて逆推力を発生すれば、バックで離脱できるだろうか?

WIGの開発事例は、ソ連のエクラノプラン以外にもいろいろあるが、なぜか「実用品」として量産され、定着した事例は希。実際に輸送などに用いるには、なにかしらのボトルネックが発生してしまうのか、それとも「WIGでなければ実現できない居場所」がなかなか見つからないのか。

ともあれ、リバティ・リフターについては、まず実機が出てきて、実際に飛ばして見せる日が来るのを待ちたい。技術開発計画であるから、どんな技術をどう使って課題を解決するかが見どころ。現物が出てくる頃には、またいろいろと進展や追加情報があるだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。