前回は、電子戦関連のアンテナをお題にして、全周をカバーするためのアンテナの設置要領と、具体的な事例を取り上げた。今回は目視に関わる話を取り上げてみたい。いささか話が前後する感はあるが。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
キャノピーを突出させるとともに後方視界を確保する
まず、目視といえば人間の目玉である。昔の飛行機は操縦席がむき出しになっていることが多かったが、さすがに前方から吹き付けてくる風が直撃してはたまらないので、パイロット前方の風防(windshield)はあった。風防だけ設置して、その後ろはむき出しという時代に続いて、全体をキャノピーでカバーするようになった。
ところがそうすると「視界の妨げになる」と文句をいうパイロットが現れた。ときには、キャノピーを外して飛んでいた事例が、あったとかなかったとか……。しかし、そんな真似ができたのはプロペラ機の時代だからで、さすがにジェット戦闘機になると、むき出しで飛びたがるパイロットはいなくなった。
バックミラーをつける事例:MiG-21
さて。空気抵抗を減らす観点からすると、キャノピーが突出しているのは嬉しくない。だから1960年代ぐらいまでは、キャノピー越しに見えるのは、せいぜいパイロットの首から上ぐらい。という機体が多かった。もちろん、後方の視界は良くないので、それを補おうとして風防のフレームやキャノピー上部にバックミラーをつけるそんな機体の一例がMiG-21。パタクセントリバー海軍航空博物館で実機を見たときに、「なんとも視界が悪そうだなあ」と思ったものである。我が国で使っていた機体でも、例えばF-4EJはあまり後方視界が良くなさそうだ。
視界を優先する事例:F-15やF-16
しかし1970年代以降は考え方が変わり、空気抵抗が増えてもいいから視界の確保を優先するようになった。その典型例がF-15やF-16。実機を外から見ると、パイロットの胸から上がキャノピー越しに見える、といってもよいぐらい。それだけでなく、後方まで広い視界を確保しているところがポイントで、それが本稿の本題につながる。
また、F-22はプロトタイプのYF-22と比較すると、コックピットの位置が前進している。こうすることで前下方視界が向上したのではないかと思われる。格好良さという観点だけ考えれば、個人的にはYF-22の方が好みだが。
ワンピース型の事例:F-16
キャノピーといえば、もう一つ、視界に関わる要因がある。第二次世界大戦のころまでは、細かくフレームが入ったキャノピーが多かった。例えば、零戦がそれである。この方が作りやすいが、フレームが視界の妨げになるのは否めない。
その点、一体成型にしてフレームを最小限にとどめたキャノピーの方が好ましい。それでも、一般的には「風防とキャノピー」という組み合わせだから両者の境界部分だけはフレームが入ってしまうが、F-16はワンピース型にしたので、パイロットの前方に視界の妨げとなるフレームはない。
風防を独立させた事例:F-2
ただし、そのF-16をベースにした我が国のF-2は、低空飛行の機会が多いことからバードストライクの発生を考慮に入れて、風防を独立させた。よって、境界部分にフレームが入っている。視界の問題だけでなく、こういうファクターが絡んでくることもあるわけだ。
ただしメリットもあり、F-2の風防はシングル・カーブ型になっている。ダブル・カーブ型になっているF-16のワンピース型キャノピー(上の写真でも分かる)と比べると、外の風景が歪んで見える度合は少ない。
いささか反則かもしれないが、「搭乗員が二人乗っていれば目玉が倍増するので、周囲の状況認識に効く」という考え方もある。映画「トップガン」でも、後席に座っている「グース」が首をぐるぐる回しながら周囲を捜索する場面があったと思う。ただしコックピットが占めるスペースが大きくなるし、パイロットにかかる人件費が増える。
F-35のEO-DAS
では、最新世代の戦闘機はどうか。F-35を見ると、キャノピーは相応に突出している。ただし、F-15やF-16のキャノピーが「Ω」型断面なのに対して、F-35のキャノピーはステルス性を優先して「Δ」型断面だから、側下方視界ではややハンデがあるかもしれない。
ところがF-35には、過去に例のない飛び道具がある。全周をくまなく、死角ができないようにカバーする全周視界装置、AN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)を搭載したからだ。これは、赤外線センサーで機体周辺の映像を得て、それをパイロットが被っているヘルメットのバイザーに投影する仕組み。
キモは、パイロットの頭の向きを検出して、パイロットの頭が向いている方向の映像を投影する点にある。だから理屈の上では床を素通しにするのと同じことになり、実際、そういう見え方をするらしい。
もっとも、実際にF-35に乗っているパイロットによると「下を見たければ機体を背面にすればよい」という。これは地べたの上で過ごしている人間には、なかなか思い至らない発想ではある。
閑話休題。EO-DASは全周視界装置だから、当然ながら、全周をカバーできるようにセンサーを配置しなければならない。使用するセンサーの数は6個、これを「機首上面」「機首の左側面と右側面」「胴体下面に前向きと後向き」「胴体の背面に後ろ向き」と割り振った。
単に胴体や翼面に邪魔されないだけでなく、翼下に兵装を搭載したときにも邪魔されない位置に設置しなければならないので、位置決めに際しては苦労があったのではないかと思われる。しかも空力のことやステルス性のことも考えなければならない。
6個のセンサーを、完全に全周に向けて均等に配置しているわけではないが、映像を処理・表示する過程で、個々のセンサーの位置に合わせた補正をかけるということであろう。それは、映像を処理するコンピュータが頑張ればなんとかなりそうだ。
EO-DASがありがたいのは、赤外線センサーを使用することから、夜間でも同様に映像を得られる点にある。これは機体をひっくり返すだけではどうにもならない種類の話だ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。