第122回で、「リモート管制塔」の話を取り上げた。飛行場に管制塔を設置して管制官を置く代わりに、カメラ、レーダー、赤外線センサーといったセンシング手段と通信回線を組み合わせて、遠隔地から管制業務を行うものだ。英語ではremote towerあるいはRVT(Remote and Virtual Tower)という。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

固定設置の事例に加えて移動式が登場

第123回でも言及したように、遠隔地の小さな飛行場などを対象としてリモート管制塔を導入している事例はいくつもある。軍事施設でも、例えば2022年の秋から、ドイツのガイレンキルヒェン基地で稼動を開始している。

この種のシステムを手掛けているメーカーとしては、カナダのシーリッジ・テクノロジーズ(Searidge Technologiesや、スウェーデンのサーブ(Saab)がある。

そのサーブがフィンランドのコンログ(Conlog Oy)と組んで、新たに、r-TWRというシステムを開発した。”Deployable Digital Tower” ともいう。この名称でお分かりの通り、機材をどこか特定の飛行場に固定設置するのではなく、移動展開が可能な機材を使用するところがミソだ。

機材一式はトレーラー1~2両で輸送できるほか、C-130輸送機を用いた空輸展開や、鉄道輸送も可能だとしている。センサー機材や通信機材はサーブが、機材を収容するためのシェルターや油圧伸縮式マストはコンログが手掛けている由。

このシステムは、ジラフ1X対空監視レーダー、通信機材、赤外線センサーに加えて、バラキューダ迷彩システム(わかりやすくいえばカムフラージュ・ネット)などで構成する。おそらくは、これらの電気製品を稼働させるために発電機も必要になる。

そして運用現場となる飛行場に機材を搬入したら、センサーやアンテナを取り付けたマストを延ばしたり(高いところに設置する方が視界が広くなる)、通信回線をセットアップしたりする。リモート管制塔だから、管制官はいない。通信回線で結んだ先の遠隔地にいる。

直線道路は滑走路

冷戦期、スウェーデン空軍といえば道路から戦闘機を発着させる運用を考えていることで知られていた。YMOなら「ハイウェイは滑走路」というところだが、実際には一般道路を使うことが多いようだ。そもそも、その方が目立たない。

スウェーデンでは、冷戦終結後に道路上での運用をやめてしまったとの話も伝えられた。しかし最近、サーブがJAS39グリペンについて分散運用やターンアラウンドタイムの短さをアピールしている様子からすると、またやるつもりがあるのかもしれない。

お隣のフィンランドでも、道路上からF/A-18C/Dホーネットを飛ばす訓練を行っている。実際、フィンランドの各地を航空写真で子細に観察してみると、「ここは戦闘機を飛ばすつもりで整備しているのではないか?」と思える直線道路を見かける。

  • 日本の百里基地訓練中の米海兵隊のF/A-18Cホーネット 写真:US Navy

道路上からの分散運用といっても、道路だけあれば済むわけではない。以前に「ターンアラウンド」というテーマで取り上げた通り、燃料・兵装の補充に必要な道具立ては不可欠。また、安全・確実な運用を考えると、管制機能もあるに越したことはない。そんなときに、機動展開が可能なリモート管制設備があれば効果的、というのがサーブの説明。

しかも、管制官は別の場所にいるわけだから、機動展開する管制設備に随伴する必要がない。その分だけ、移動しなければならない人員や機材が少なくなる。また、遠隔管制ならひとつの管制施設で複数の飛行場や道路上の離着陸をカバーできる。

サーブでは、災害派遣に際して設備が整っていない飛行場を利用する必要が生じたときにも、こうしたシステムが有用だとしている。戦時だけでなく、平時でも出番はあるというわけだ。バラキューダ迷彩システムは、戦時の利用を想定したものだが。

デジタル・タワーに欠かせない技術

この手のリモート管制機能を実現しようとしたときに不可欠となるキー・テクノロジー、いいかえればイネーブラとしては、何が挙げられるだろうか。

まず、遠隔地から管制するのだから、高い信頼性を備えた通信システムは不可欠。遠隔地にいる管制官と、現地の上空を飛んでいる航空機の操縦士が直接、無線で交信できる仕掛けを用意しなければならない。

しかし遠隔地からだと、VHF/UHFの見通し線通信ができるかどうか分からない。すると、管制施設と現場を結ぶ回線に管制交信も載せてしまい、その上で、機体とのやりとりを担当するVHF/UHF通信機を現場に置くのが現実的であろうか。

あと、現場の状況を漏れなく把握したいから、パン・ティルト・ズームが可能な可視光線用のカメラに加えて、夜間用の赤外線センサー、空域の状況を知るためのレーダーも要る。先に名前が出てきたサーブのジラフ1Xレーダーは、4×4車両に載せて機動展開できるので、具合が良い。

しかも、センサーはみんな、単に設置するだけではダメで、必要な範囲をカバーできるように設置する必要がある。森の中の道路で離着陸させるような場面を考えると、樹木に邪魔されて視界が妨げられるかも知れないからだ。すると、視界の確保だけでなく障害物避けの観点からいっても、伸縮式タワーでセンサーを高所に上げる仕組みは欲しくなる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。