当たり前の話だが、飛行機は燃料がなければ飛べない。通常は、飛行に必要な分に若干の余裕を加えた程度の燃料を搭載して飛び立つから、地上に降り立ったときには燃料タンクの多くは空になっているはず。そこに補給する手間も無視はできない。連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 中部国際空港で、747LCF「ドリームリフター」に給油中の図 撮影:井上孝司

燃料補給の時間短縮とホット・リフュエリング

民航機の分野では、旅客が降りてから給油を始める代わりに、まだ旅客が乗っているうちに給油を始めることでターンアラウンドタイムの時間短縮につなげる事例がある。

ただしもちろん、一定の条件を満たした上でのことである。日本の空港管理規則第20条では、「必要な危険予防措置が講ぜられる場合に限って、旅客が乗った状態での給油が可能」としている。

国際民間航空機関(ICAO : International Civil Aviation Organization)の基準(ICAO Annex 6 Part I 4.3.7)では、具体的に「旅客の避難誘導員の配置および当該者への連絡手段の確保を行うことにより、旅客の在機中の給油が可能」としている由。

といっても、給油中はエンジンを止めている。クルマでも、ガソリンスタンドに行けば「給油中エンジン停止」という掲示が出ているのを見かける。もっとも、危険度からいえばジェット燃料よりガソリンの方がはるかに物騒だが。

ところが軍用機では、エンジンをかけたままで燃料を補給する、いわゆるホット・リフュエリングが行われることがある。「そんな物騒な」と思うかもしれないが、空中給油のときにもエンジンはかかったままである点を想起して欲しい。

こればかりは写真で見てもピンとこない。何か動画がないかと思ったら、MV-22Bオスプレイでホット・リフュエリングを行う模様を撮影した動画を米海兵隊が公開していた。プロップローターが回って、ダウンウォッシュが吹き付けているから、エンジンは動いたままだと分かる。

MCAS Iwakuni utilizes ADFS for first MV-22 hot refuel

ホット・リフュエリングにおける注意点

もちろん、ホット・リフュエリングを行う際にはエンジンが危険要因になるので、それを考慮した作業手順の組み立てが必要になる。ジェット機であれば、エンジン空気取入口の前方を通るのは危険だし、排気ノズルの後方を通るのも同じように危険。プロペラ機や回転翼機なら、回転しているプロペラやローターを避けなければならない。

  • AH-64アパッチ攻撃ヘリに給油中。上でローターが回っているから、エンジンはかかった状態だとわかる 写真:US Army

先の米海兵隊の動画を見ると、側方から機体にアプローチしている様子が見て取れる。MV-22Bはティルトローター機だから、停止しているときにはエンジンナセルは上向き、プロップローターは水平状態だ。しかし、エンジンからの排気やプロップローターからのダウンウォッシュは吹き付けてくる。それらを避けなければ、安全に機体に近寄れない。

それだけではない。件の動画を見ると、給油ホースの構造に工夫をしており、離れたところから迅速に機側まで持って行けるようになっているのが分かる。地べたの上でホースを長々と引きずったら時間がかかるし、ホースが傷む。それを避けるために、車輪付きの支持架を用意しているようだ。

そしてもちろん、給油口の設置位置も問題になる。エンジンがかかっている状態でも安全にアクセスできる場所に給油口を設けておかないと、ホット・リフュエリングそのものが成立しなくなる。しかも、機体の上面に給油口を設ければ、そこにアプローチするための足場が必要になってしまうから、地上に立ったままでアクセスできる場所に設置したい。

つまり、ホット・リフュエリングによるターンアラウンドタイムの短縮は、機体を設計する段階から話が始まっているわけだ。設計者が漫然と給油口の配置を決めた結果として、ホット・リフュエリングが困難になる可能性もあり得るのだから。

フォード級空母における工夫

空母の艦上では一般的に、燃料補給と兵装の搭載を別々の場所で、別個の作業として実施していた。すると当然ながら、ターンアラウンドタイムが伸びてしまう。

  • 米空母艦上の燃料補給担当者。ホースを運んでいる様子を見ると、いかにも重そうだ 写真:US Navy

そこで米海軍の新型空母「ジェラルド R.フォード」級では、ピットストップ方式と題して、同じ場所で燃料補給と兵装搭載をまとめて行う方式を取り入れた。「それ、他の空母でも同じようにできないの?」と思われそうだが、たぶんそんな簡単にはいかない。

燃料補給のためには、給油を行う場所の近くに給油口と給油ホースを用意しなければならない。兵装を搭載するためには、艦内の弾薬庫から運び出して組み立てた兵装を飛行甲板上に運び上げるための、弾薬エレベーターを使う。それは当然、兵装搭載作業を行う場所の近くに設けるのが望ましい。

給油と兵装搭載を別の場所で行う前提なら、給油口や弾薬エレベーターもそれに合わせた配置になっているはず。すると、給油と兵装搭載を同時に行おうとした場合には、どちらかが作業の現場から遠くなり、割を食うのではないか。人の動線も複雑なことになってしまう。

だから、ピットストップ方式を採用するには、最初からそのつもりで諸設備の配置を決めておかなければならない。よって、新規設計したフォード級空母だからこそ実現できる話、といえる。

余談だが、米空母では燃料補給担当要員のことを「グレープス」と呼んでいる。上の写真でわかるが、飛行甲板上で任務に就く際に、識別のために紫色のジャージを着ているからだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。