6月12日に、ボーイングの技術実証機「エコデモンストレーター・エクスプローラー」(登録記号N8290V)が成田空港に飛来、報道公開された。今回の飛来の目的は、MR-TBO(Multi-Regional Trajectory Based Operation)の実証にある。

今回と次回に分けて、「エコデモンストレーター・エクスプローラー」についてお届けする。今回は、まず機体自体の紹介、それとMR-TBOについて紹介しよう。

  • 雨の中、成田空港の滑走路16Rに着陸した「エコデモンストレーター・エクスプローラー」 撮影:井上孝司

  • 消防車の放水によるお出迎えは、業界の恒例。あいにくの天気になってしまったが 撮影:井上孝司

エコデモンストレーター・エクスプローラーの特徴

「エコデモンストレーター・エクスプローラー」の外見は、外部塗装以外は普通の787-10と同じに見える。ところが、これはあくまで「試験機」だから、注意して見ると、いくつか違いがある。

  • サイドビューは通常の787-10とほとんど変わらない 撮影:井上孝司

まず、L1ドアから機内に乗り込もうとすると、頭上に「EXPERIMENTAL」との標示がある。もちろん、普通に商業運航に就いている787-10には存在しない標記で、この機体が技術実証を目的とする試験機であることを示している。

  • L1ドアの上にある「EXPERIMENTAL」標記 撮影:井上孝司

そして、この機体はMR-TBOの実証を目的としているが、その関係で高速・大容量のデータ通信が必要になったようだ。そこで、胴体上部に小さなAID(Aircraft Interface Device)のアンテナが増設されている。

  • 機体上面に取り付けられているAIDのアンテナ。「eco」の字の左上に突出しているのがそれ 撮影:井上孝司

コックピットでは、MR-TBOに関わる操作はタブレットPCベースのEFB(Electronic Flight Bag)を用いる。こうすれば、EFBに所要のソフトウェアをインストールするだけで済み、機体側のシステムに手を加えずに済む。つまりリスクとコストを抑えられる。

  • 操縦士が手にしているのがEFB。MR-TBOの機能も、これを通じて利用する 撮影:井上孝司

MR-TBOとは

国土交通省の航空局では、MR-TBOを「軌道ベースの運用」と訳しているが、これだけでは判じ物だ。

当たり前の話だが、旅客機を飛ばす際に、最短経路を飛行して、待ち時間なしで着陸すれば最も早い。しかし現実には、世界の空はとても混み合っている。誰も彼もが最短経路を要求したいところだろうが、それが叶えられるとは限らない。

安全のためには、機体と機体の間で適切な間隔(セパレーション)をとらなければならない。だから、ある機体が飛行経路を変えれば、玉突き式に、周辺を飛んでいる他の機体にも影響が及ぶ。

しかもそれに加えて、気象条件や自然現象による影響も受ける。経路を変えた結果として嵐の中に突っ込んだら危ないし、火山の噴火が起きれば噴煙が機体に悪影響をもたらす。

現在は、気象条件などを勘案しながら、最適と思われる飛行経路を事前に選ぶ。それに基づいて、飛行計画書(フライトプラン)を作成・提出してから飛び立っている。もちろん、離陸後に計画通りに行かない事態が生じることもあるから、そこは各地の管制当局とやりとりしながら、調整・変更していく。

その際に管制官は、特定の機体のことだけ考えるのではなく、周辺のトラフィックの状況や気象状況などを考慮に入れながら判断して、指示を出している。これをもっと効率的にやろうというのがTBOだ。

MR-TBOの2つのポイント

TBOでは、各機から提出された飛行計画書に基づいて、トラフィックの状況や途中経路の通過予定時刻、到着の順番といったものを予測する。それだけでなく、実際の運航状況や気象などの情報をリアルタイムで把握する。

それにより、全体最適を考慮しながら、関係するすべての機体について、適切なセパレーションをとりながら最適経路を設定していく。そのために空地間のデータ通信を用いて、飛行経路の選択に影響するさまざまな情報が、リアルタイムで機上に届くようにする。

TBOのポイントは、「リアルタイムで入ってくる最新の状況に基づいて」「動的に、最適な飛行経路を設定しながら飛ぶ」ことにある。こうすることで飛行経路の最適化を実現したり、空中待機の時間を減らしたりできれば、結果として遅延の防止やCO2排出の削減につながると期待できる。

しかし、さまざまな国の管制地域を追加しながら飛んでいく国際線では、複数の国の管制機関が連携して、同じ仕組み、同じルールの下でTBOに対応していかなければ、役に立たない。

そこで、多国間で連携して、同じやり方でTBOを進めましょうというのが、MR-TBOの趣旨。今回の飛行試験では、アメリカの連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)、日本の国土交通省航空局(JCAB : Japan Civil Aviation Bureau)、さらにタイとシンガポールの民間航空管制部門が協力している。こうして、アメリカ~日本~シンガポール~タイ~アメリカと飛びながら、MR-TBOを実地に試すことになったわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」『F-35とステルス技術』として書籍化された。