米国防総省の契約情報を毎日ウォッチしていると、ときどき「○○を対象とする供給源途絶対処」あるいは「○○を対象とする陳腐化対処」といった案件が出てくる。これもサプライチェーンが関わる話題ということで、今回取り上げてみることにした。 連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらより。
E-6Bマーキュリーという飛行機
オクラホマ州のティンカー空軍基地を根城としている、米海軍(誤記ではない)のE-6Bマーキュリーという飛行機がある。もともとはTACAMO (Take Charge and Move Out)、つまり「核戦争の際にミサイル原潜に対して指令を送るための空中送信機」として作られた機体だが、後に空中指揮機(Airborne Command Post)の機能も追加して、E-6AからE-6Bに進化した。
その辺の任務の話は、本題から外れるので措いておくとして。最初にE-6Aを配備したときに、コストを抑えるためなのか、中古のボーイング707旅客機を買ってきて、そこに所要の機材を搭載する形でE-6Aを生み出した。中古ということは、E-6Aの配備時期よりも前に作られた機体ということである。
そして、こうした支援機はいったん配備すると、搭載するミッション機材を更新しながら長く使われることが多い。ミッション機材は適宜、更新されるが、それを搭載する機体はどうするか。飛行時間が累積するほどに、寿命が近付いてくる。そして、ボーイングではとうの昔に707シリーズの生産を止めている。
更新されるミッション機材、搭載する機体の更新はどうする
すると、何が起きるか。例えば、機体構造材に傷みが生じて交換したいとなっても、思うに任せないような事態が起きる。E-6Bの場合、2つの問題が生じた。
まず、オリジナルの707で使われていたアルミ合金素材が入手不可能になっていた。すると、オリジナルのものと同等の強度や耐久性を発揮できる別の素材を見つけてきて、検証試験をやらなければならない。御存じの方もいるだろうが、アルミ合金素材の規格番号は呆れるぐらいたくさんある。その中から最適なものを探し出さなければならない。
また、アルミ合金素材に限ったことではないだろうが、強度が高くても疲労にはあまり強くない、という場面もあり得る。すると、強度のデータだけを見て採否を決めるわけにも行かない。そして、疲労試験が必要ということになれば、実際に繰り返し荷重をかけてみなければならないから、相応に時間と手間がかかる。
次に、図面。707の初飛行は1957年12月20日で、今から65年も前だ。そんな時代の機体だから、当然ながら図面は紙に二次元で描かれている。代替の素材を確保できても、その紙に書かれた二次元の図面を使ってメーカーが代わりの部材を製作できるのか、という問題が発生した。
そこでなんと、海軍の担当部門であるPMA-271(Airborne Strategic Command, Control and Communications Program)が、オリジナルの図面を基にして、コンピュータ上で三次元の図面データを作り直したそうだ。
考えられる問題はいろいろある
E-6Bの運用継続に際して機体構造材が問題になった事案は、ベースとなった機体の設計時期が古かった点に原因がある。そのために「素材がディスコンになっていた」「作図データが昔のフォーマットだった」という問題につながったわけだ。しかしそれ以外にも、陳腐化あるいは供給源の途絶に伴う代替供給源探しが必要になる場面は考えられる。
例えば、アスベスト(石綿)が使用禁止になってしばらく経つが、これも代替品が必要になる素材の一例かもしれない。また、パーツを製造していたメーカーがつぶれたり、航空機関連事業から撤退したりすれば、やはり代替供給源が必要になる。
メーカーがつぶれないまでも、資本関係が変化したせいで取引ができなくなる、なんていう可能性もある。いささか極端な例だが、以前にも対ロ制裁について説明した第346回で取り上げたように、「制裁措置を食らって入手ができなくなった」という場面も発生し得る。
E-6Bの場合、機体構造みたいにクリティカルな部分は別だが、そうでなければ3Dプリンタで部品を製作する場面もあるという。例えば、非常時に燃料投棄する際の排出口が該当するそうだ。
最後の手段は共食い整備
E-6Bのケースみたいに代替供給手段を見つけられれば良いが、それができなかったらどうするか。その時は最後の手段として、「共食い整備」のお出ましとなる。つまり、ある機体から使えそうな部品をはぎ取って、別の機体で使う。
今のロシアのエアラインのように、やむなく共食い整備を始めてしまった事例もあるが、それだけではない。中古機を買ってくるときに、わざと余分の機体を購入して、それを部品取りに充てる事例もある。
すでに生産が終息した機体の中古機では、サプライチェーンが機能しているかどうか不安があっても無理はない。そこで確実に、ある程度の補用部品を確保しようとすれば、共食いに頼るのが最も確実となる。
比較的最近の事例では、英空軍で用途廃止になったAWACS(Airborne Warning And Control System)機、E-3DセントリーAEW.1を3機、チリ空軍が購入した。ただし実際に運用するのは2機で、残り1機は部品取りに使うとのこと。
実はE-3Dがもう1機、海外売却されている(英空軍時代のシリアルナンバーはZH104)。それが米海軍向けで、先に出てきたE-6Bの操縦訓練に充てるのが目的。すると実働用のE-6Bを訓練に充てる必要が減って、年間600飛行時間・2,400回の着陸を節減できるとのこと。
転用に際して、AWACSのシンボルであるロートドームは必要ないから撤去する。それ以外にも、外形をE-6Bと同じにして空力特性を合わせるのだそうだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。