「サプライチェーン」という話からは少々脱線するが、工業製品を手掛ける上で避けて通ることができない話題ということで、今回は「知的所有権」や「データの管理・共有」というテーマを取り上げてみたい。特に軍用機の場合には話がややこしい。
B-21爆撃機に関するデータ権利契約の締結
ノースロップ・グラマンが2022年9月21日に、「米空軍との間で、B-21レイダー爆撃機に関するデータ権利契約を締結した」とのプレスリリースを出した。B-21とは、同社が開発を進めている新型のステルス爆撃機で、現用中のB-2Aスピリットと同様に全翼機になるようだ。
そのB-21レイダーに関するデータ権利契約とは、いかなるものか。ノースロップ・グラマンのリリースによると「これは業界で初めてとなる取り組みで、B-21を仮想空間上に複製した、いわゆる『デジタル・ツイン』を、ノースロップ・グラマンと米空軍とで共有する環境を立ち上げる。また、能力向上につながるデータへのアクセスを認めたり、協業を進めたりする」との趣旨。
民間企業が自己資金を投じて製品やサービスを開発するのであれば、それに関わる知的所有権やその他の権利は、開発・販売元の企業に帰属する。これは分かりやすい。
防衛装備品の権利は、民間と国どちらのものか?
ところが、軍用機をはじめとする防衛装備品になると、話が違ってくる。国防のために官費を投じて研究開発・製造を進めるものであるし、研究開発の段階で国の研究機関が関わったり、国の研究機関における成果物を活用したりすることもある。
それでいて、最終的に完成した装備品に関する権利について、その一切合切をメーカー側に帰属させます、というのは果たして正しいのか。そういう議論が出てきても不思議ではない。実際、装備開発プログラムによっては、知的所有権などの一切合切を官側に引き渡す場合もある。
かといって、すべてを官側が持った場合には、今度はメーカーが蚊帳の外に置かれかねない。それでは、配備後のメンテナンスや能力向上改修に際して差し障りが生じる可能性がある。現物のことが分からなければ、メンテナンスも能力向上改修も成り立たない。
近年、防衛装備品の分野ではCLS(Contractor Logistics Support)といって、補給整備などの兵站関連業務をメーカー側に受け持たせる事例が一般化している。これもまた、対象となる装備品のことが分かっていなければ、仕事にならない。
そこでB-21では、メーカーと官側が最初から協定を結んで、データに関する権利関係を明確にするだけでなく、双方にとって利益になるようにデータを利用できる枠組みを整えようとしているわけだ。
デジタル技術は活用してナンボである
以前に第303回で、航空機の分野におけるデジタル・ツインの活用事例を取り上げたことがある。B-21も例外ではなく、先に述べたように、機体の開発・製造と平行して、それのデジタル・ツインも用意する。開発・製造段階だけでなく、導入後に機体の改良・改善・不具合対処を進めていく際に、デジタル・ツインを活用することで作業の合理化とスピードアップ、リスクとコストの低減を図ることを狙っているのであろう。
すると、製造・整備・改修を担当するメーカーと、それを実際に運用する空軍、そのいずれもがB-21レイダーのデジタル・ツインにアクセスできなければ意味がない。利活用できないデジタル・ツインに存在価値はない。
今回のデータ権利契約では、B-21に関するデータ共有合意の下で、運用・維持管理に必要なデータをクラウド環境上に置く話も決めている。これにより、必要なデータへのアクセスを確保するとともに、共同作業のための環境を実現する。この、地上システム関連データ(開発、展開、試験に関するデータやデジタル・ツインを含む)を対象とするクラウド環境へのマイグレーションは、2022年の初頭に実証試験を実施済みだという。
ここではたまたま、ちょうどいいタイミングでリリースが出たのでノースロップ・グラマンのB-21レイダーをお題に使ったが、同じように「デジタル技術」の活用をうたっているボーイング/サーブのT-7Aレッドホーク練習機も、事情は同じではないだろうか。飛行機以外の分野でも、近年、デジタル技術の活用をうたう事例はいろいろある(別連載「軍事とIT」で取り上げた、レイセオン・テクノロジーズの事例がそれである)。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。