どんな工業製品でもそうだが、製造するには設備と人手が必要になる。そして、設備も人手も能力には上限があるから、それが生産ペースを決める際の制約要因になる。

需要の急激な上下変動はありがたくない

では、需要が増加したときにどう対応するか。分かりやすいのは製造設備と人手を増強する方法だが、それは需要の増加が長く続くという前提がないと成立しない。需要の増加を受けて製造設備と人手を増強した途端に、今度は需要が急減したとなれば、設備と人手のための投資が無駄になってしまう。そこの「読み」が簡単にできないから、企業経営は難しい。

投資対効果という観点からすれば、(多少の変動はあるとしても)おおむね一定のペースで需要が平準化するのがありがたい。しかし現実問題として、その通りに物事が運ぶとは限らない。むしろ、需要に波が生じるのが当たり前であろう。もっとも、需要が安定するといっても、それが “二階から目薬” みたいな低水準では、また困ったことになるのだが。

この辺の事情は航空機でも変わらない。モノが高価で、製造のための設備・人手にも多大な投資を要する分だけ、むしろ経営判断は難しいのではないか。そこで読みが外れたり、外的要因によって需要が急減したりすると、大惨事になる。そのことは、COVID-19のパンデミックが発生する前と後で、ボーイングやエアバスの受注・納入実績を比較すれば、よく分かる。両社とも毎月、前月の受注・納入実績データを公開しているから、興味があったら調べてみてほしい。

その辺の事情は機体メーカーだけでなく、サプライヤー各社についても同様である。こちらもやはり、需要が急激に上がったり下がったりするのはありがたい話ではない。

  • ボーイングが今年7月に発表した2022年第2四半期の納入状況

生産ペースを変えずに対応している一例

同じ設備のままで生産ペースを高めようとすれば、無駄の排除や効率の改善という話が出てくるが、それとて物理的な限界がある。同じ設備(=生産能力)のままで需要の上下変動に対応しようとすれば、どうするのがよいか。

そこでふと思い立ち、ダッソー・アビアシオンの年次経営報告書(annual report)を調べてみた。同社は民間向けにビジネスジェット機のファルコン・シリーズ、軍用でラファール戦闘機を手掛けている。そのうちラファールは、自国の航空宇宙軍と海軍向けに加えて、複数の海外カスタマーを獲得している。しかも、その中には中東のお金持ち産油国も含まれており、ときには80機の受注が一気に決まるようなことも起きる。

  • ダッソー・アビアシオンの戦闘機「Rafale 」 引用:ダッソー・アビアシオン

  • ダッソー・アビアシオンのビジネスジェットの最新機「 Falcon 10X」。最高速度はマッハ0.925 引用:ダッソー・アビアシオン

しかし、そうやって需要の急増が発生したからといって、安直に生産ラインを増強するのは賢明な判断とはいえない。その後で需要が急減して、設備が遊んでしまえば赤字の元になる。だからといって、生産ペースを維持して、海外カスタマー向けの納入が遅れたのでは商売に差し支える。

そこで、自国向けの納入を後回しにして海外カスタマーを優先する、という話になる。これは戦闘機以外でもみられる話で、仏海軍向けに建造していた軍艦が建造途中でいきなり、海外カスタマー向けに振り替えられたことがある。相手が早期の納入を求めてきたときに、それに対応するために自国を犠牲にするわけだ。

そこで、過去10年間のラファールの受注・納入実績を年次経営報告書から拾ってきてまとめたのが以下のデータ。

年度 受注 納入
2021 49(12) 25
2020 0 13
2019 0 26
2018 12 12(3)
2017 0 9(1)
2016 36 9
2015 48 8(5)
2014 11(11)
2013 11(11)
2012 11(11)

表1:過去10年間のラファールの受注・納入実績データ。カッコ内が仏海空軍向け

海外カスタマーからの受注が発生したのは、2015年から後、それまでの受注はすべて仏海空軍向けで、まとまった機数を一気に契約しておいて、毎年、チョコチョコと納入していた。2012~2014年まで、毎年11機の納入で安定しているのはその現れ。

ところが問題はその後だ。カッコ内の数字でお分かりの通り、仏海空軍向けの納入に急ブレーキがかかっている。生産ペースを一気に引き上げることなく需要に対応しようとすれば、海外カスタマー向けの納入を優先するしかないからだ。

なお、2021年に仏空軍向けとして12機の追加受注があったが、これは仏空軍の機体をクロアチアに売却する分の穴埋めと思われる。早期の引き渡し開始と価格の引き下げを実現しようとすれば、こういう話にもなろうというもの。

経営的にペースの安定は好ましいが

つまり、ラファールの生産は年間十数機程度が基本ラインで、ときどき25機程度まで引き上げられる、という話になる。スローペースはスローペースだが、安定はしているから、同じ設備・人員で対応できるということであろう。

経営的にはこれで正しいが、問題は海外カスタマーのために犠牲になる仏海空軍。フランスでは5~6年程度のスパンでLPM(Loi de Programmation Militaire)という法律を定めて、その中で防衛力整備の計画について定めている。ところが、そこで調達を計画していた装備が海外カスタマーに持って行かれれば、当然ながら自国の防衛力整備に支障を来す。

だからといって、自国を優先した結果として海外カスタマーからの受注を取り逃がすことになれば、これはこれで防衛産業基盤の維持に差し支える。フランス政府としても悩ましいところであるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。